映画「あの夏、いちばん静かな海。」を観て

静かなストーリー

北野武監督の3本目の作品。字幕ビデオを借りて観賞した。

1991年上映当時から話題になっていたのに、どうしてその頃見なかったのだろう? そして、気にしつつも、今まで見なかったろう。

サーフィンに夢中になったろう青年とその恋人が一夏を過ごすストーリー。

タイトルどおり、静かに淡々とした進行で進む。ろう者を主役に設定したことで、静かさを表現しようという目的は見事に的中している。

ただ僕は、主人公の茂がろう者であることはわかったが、恋人の彼女がまたろう者であることには気付かなかった。鈍感なのか...。茂をサーフボードショップの外に残して、彼女は値切り交渉しに店内に入ったから、てっきり彼女は聴者なのだと思っていた。

現実のろう者とは違うけれど・・・

彼らは言葉を交わさない。ろう者の言語である手話で話すこともない(唯一、手話が現れたのは、サーフボードを買いたくてのぞいた店の前で「お金いくら持ってる?」「6万(だけ)」と交わしたシーンのみである)。

手話を使わないという点で、実際のろう者の姿とはかけ離れている。実際のろう者は非常におしゃべりだ。手話の持つ表現の豊かさ、スピード感は、聴者の想像以上のものである。ろう者が手話でコミュニケーションをはかるとき、そこに飛び交う情報量は聴者の使用する音声言語のそれをはるかにしのぐ。そして多くのろう者は、絶え間なく話す。寡黙とは程遠い。

もちろん、この映画は現実のろう者の生活を描くことが目的ではない。「(実際には手話で話すのだが)この映画のシーンでは、たまたま手話を使っていない」ろう者を描いたといえばそれまでである。その意味で、映画は映画として有効なのだろう。

ただ、ならば、主役の男女を何もろう者という設定にせずとも、(話せるけれども)言葉を交わさない聴者という設定でも充分に撮れたことではないかという気がする。この点、サイレント映画にしたかったから便利なろう者を利用した、というねらいが透けて見えるようで、どうしても違和感が残る。

美しい余韻の残る映像

それでも、その設定の不自然さはおくとしても、この映画はとてもいい。引き込まれてゆく。

余計なセリフがないから、画面に食い入るようにして見入る。主人公と彼女がサーフボードを抱えて歩くシーンがこの映画のシンボルであるかのように、とにかく歩くシーンが多い。目まぐるしくシーンが変わったりしない。映画を見る側にも心の余裕が生まれる。思いをめぐらすことができる。

スリルとサスペンスとスピードで強引に引き付けるのではなく、静かな美しさで見るものの心をとらえて離さない。素晴らしい余韻を残す映画である。彼らが歩くシーン、浜辺に寄り添って座るシーンが脳裏に刻み込まれる。イメージとしてずっと残る。不思議な映画だ。

1990年代初めの、いかにもサーファー的な、そして、まだバブルの名残をとどめているファッションや車といった社会の雰囲気や風俗も懐かしい。主役を演じた真木蔵人がはまり役である。自らサーフィンをするという点に加えて、ろう者としても申し分ない。ろう者らしいパーソナリティをなぜだか備え持っている。本当にどこにいてもおかしくないろう者の雰囲気を漂わせている。

恋人役の大島弘子の存在も欠かせない。この作品の純な美しさは、彼女の清々しさによるところが大きいと思う。

ごく普通の男女が普通に歩き、普通に海を見ているのがいい。

映画のポスター、VTRに採用されているカットの、両者がサーフボードを抱えて歩くシーン、また、サーフボードを真ん中にして微笑むシーンがとても美しい。

ろう者に力強い映画でもあり・・・

手話や筆談で話をしようという積極的な行為がなければ、聴者からみたろう者というのは、この映画のように映るのかも知れない──存在だけが全てであるという意味で。

この映画を観ていると、あくまでスクリーン上のシナリオであって現実的ではないという点が大きいにせよ、ろうであることに勇気のもてる映画になっている。僕たちは、音声言語を前提とする不利な世界の中に生きている。サーフボードを買うときや大会進行のアナウンスがきこえないだけでなく、四六時中、当たり前の情報の蚊帳の外にいる。なんとか情報を得ようとすると、苦労する。

でも、いざとなれば、きこえてくる情報なんかなくったっていいのだ。ろうであるからといって、無理しなくていい。聴者を意識することもなく、ごく自然に歩いていればいい。黙々と歩いてゆけばいい。思うように生きてゆけばいい。そう訴えてくるような姿が心強くて、泣けてくる。

なお、この映画は映像もさることながら、音楽こそがいい、サントラが素晴らしいという評判である(残念ながら、この点、僕は知らない)。

タイトルの美しさも秀逸だ。これほど詩的で美しい映画タイトルを他に見つけられない。


 

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