地球の美しさや神秘の中に生きる人は、孤独を感じたり、人生に疲れたりすることはない

術者の集まり

土日に出向いたのは讃岐の奥座敷、塩江温泉。高松から向かうルートが徳島・美馬へ通じる国道で、3年前に訪れた美馬は中四国9県の親睦駅伝大会だったが、今回は四国ブロックの人工内耳会員の集会。ブロックは違えるものの、同じように近畿から16回(17回中)参加されている方もいて、快く受け入れ、楽しませていただけた。

1日目はDr.の講演、メーカー各社の説明、四国4県のSTさんによるパネルディスカッション、と豪華な講師陣から、それぞれに有意義な話をきく。

標題は医師の講演中に引かれた、有名なレイチェル・カーソンの言葉。ただ、そのあとに「そうはいっても、だれでも疲れたりしんどくなったりすることはあります」と付け加えられているなど、ユーモアのある先生で面白い話だった。そういうクッションを挟みつつ

また、ヘレン・ケラーの言葉をスライドで紹介された。

目の見えない私から、目の見えるみなさんにお願いがあります。

明日、突然、目が見えなくなってしまうかのようにすべてのものを見てください。

明日、触覚がなくなってしまうかのように触ってみてください。

明日、嗅覚と味覚を失うかのように、花の香りをかぎ、食べ物を一口ずつ味わってください。

五感を最大限に使ってください。

世界があなたに与えてくれている喜びと美しさをたたえましょう。

森の中に住むヘレン・ケラーを訪ねてきた友人に「森の中はどうだったか」と尋ねて「別に何も・・・」と答えた友人に衝撃を受けて残したという言葉。

調べてみると、目と触覚の間には本来、次のフレーズもあり

明日、耳が聴こえなくなってしまうかのように思って、

人々の歌声を、小鳥の声を、オーケストラの力強い響きを聴いてください。

先生は意図的に外されたのかなとも思うのだけれど、術者(装用者)は皆、失聴した立場からヘレン・ケラーに同じ思いを持つ身であり、また現在、聴力を取り戻した後は、それもまた永遠でなく当たり前でもなく感謝することが大事で、それが人工内耳のきこえをよくする秘訣なのだと。

哲学めいているようで、そうだよな、それが真実だなと大いにうなずけた。どうすればきこえがよくなるか、という即効的技術的なものではなく、人生を楽しむことという、でも、集会に参加されている方をみると、高齢の方が比較的多いのだが、本当に皆が「失聴」という絶望と挫折を人生の途中で経験した身でありながら、今は明るく前向きに生きられている姿がそうであるとおりに。

20161030yasimaji
八十四番札所 南面山 屋島寺

 

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