半分あきらめていた...

雇用側の意識と差

今日の新聞記事にいい内容があったのでその紹介。

KDDIの三原さんは5年前の社内公募で社内初の手話による接客を志願して現在、行っている。採用当初は事務仕事で、公募時も『聞こえないから無理』と判断されるんだろうと半分あきらめていたという。

三原さんの熱意も、認めたKDDIという会社も、そして記事にした記者(中村かさね氏)も素晴らしい。

はたらく:障害者雇用は理解から - 毎日新聞

僕もここでよく繰り返しているが、単に障害者を雇用するだけで終わりでなく、障害者がどう活躍できるか、本人がやりがいを感じられるか、採用側もマスコミもその視点のないことが多い。今でも採用側、もっといえば障害者の周りで働く社員自体もそういう意識なのではないか。

僕自身の職場も障害者の配置や異動は非常に硬直的なところ。同じ新人が同じ職場に配属されてかたや2年で栄転し、かたや4年も5年もいる異常なことを放置されている。人事権者や所属長、副長は何のためにあるのか。「彼(彼女)は障害者だから」で特別扱いされ(=何もされないという意味で)、普通、もっと新人には目をかけ声をかけるだろう(障害者ならなおさら)ということもない、僕の考えが変なのか功利的で冷たさが目立つ。

記事にもかかれているとおり、障害者も健常者同様に本来、本人が「何がしたいのか」という希望の方が大事なはずだが、それはあまり考慮されない。「何ができるか」という視点で判断されたら、「それができない」のが障害なのであって、できていれば障害ではない。実際には仕事に支障の無い障害も多く、どうしてもその種の障害者が採用されがちではあるが、できないことのみにとらわれたくない。

「例えば健常者の新入社員なら「どんな仕事がしたいか」と本人に尋ねるが」

「仕事にやりがい、待遇や評価を求めるのは障害者でも同じ」

僕も実は今日、この記事を知る前に(仕事とは全く別のことだが)ある希望に対して「音声情報が得られなければ無理です」といわれた上にダメ出しまでされてヘコまされた。僕の場合はタイトルとは逆に「半分、期待していたが...」の結果、否定されてめげた。普段から慣れっこのことではあり開き直りも早いのではあるが。

既成の制度に合う人間をあてるのではなく、人間の側からみて制度を変えられるようでありたい。どうしても制度でありシステムであり社会というのが、大多数の健常者に都合のいいルールでできているが、世の中は勇気と工夫と努力で変えられるものであり、それが人間社会なのだと信じたい。

sigadukuri
赴任終えたT君より土曜にいただいた土産。ありがとう


 

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