久しぶりに集合

その後

一昨夜は前の職場の臨時職員(バイトもしくはパート)さんの送別会で夜半まで。

職場全体としての課の、また班の、とは別に、3年有期雇用の臨時さんのためだけに、気の合ったメンバー十数人が横断的に集まってさらにまた、というのも珍しい。よく課に溶け込んで愛された方でしたね。このブログにも二、三は関連して言及してるかな。記念稿にも記したが特に職場駅伝の関係が大きく。1年目は応援をもらい、2年目はメンバーを引き受けてもらえたことを当時、書いている。

我が課は庁内でも職員数の多い課で、人数的には3チーム出てもいいくらいな(実際、そういう年もあった)のだが、今年はエントリさえ危ぶまれるほど、大会の盛り上がりとは裏腹に低温な状況。

しかし、何とか最後にお願いできた最低限のメンバーで組んでみると、その危機状況を脱した有難みへの感謝が身に沁みて、3度の合同練習も経て機運良好の雰囲気で当日を迎えることができた。

── の最後にチームを救ってもらえたメンバー。本当、この年(一昨年度)は正直、出場棄権で致し方ないと思っていたほどの状況で、いくらこの職場駅伝が盛り上がるといっても所詮はレクレーション。関心の無い方にはどこまでも関心は薄く、30年勤めて参加も応援も経験無し、ということもそう不思議はない、そんなところに臨時さんでいて最初の年から応援に駆けつけてもらえる嬉しい方であった。

先月のブログにも記したように、昨年一年の職場が本当に雰囲気良くなった(決してそれまでが悪かったわけではないが)、バレー、ソフトに駅伝、旅行に宴会といった各種行事の全てで楽しめたのも、このときの合同練習や打ち上げや、でちょっと空気が変わったな、と思わせるところが確かにあった、機運の変化が大きかったと僕は思っている。そうであったればの、一年を経て最後に生まれた駅伝優勝という奇跡。

それからまた、もう一人出席された臨時さんもずっと応援をもらえてまた然り、の、この2人がいるかどうかで随分、課が違うだろう、いやいなかったら成り立たないかも? くらいな存在感。また途中、8ヶ月だけの若い在籍者にも班さえ違う僕が呼びかけて送る会を開いた、そうさせるだけの方揃いだった。

臨時という立場のことをいうと、正規非正規の格差は拡大するばかり、の世知辛い時代。僕自身、聴覚障害というマイノリティな立場で感じているように、立場の強い一部の者ばかりが好遇を独占する世の中はどうか、との思いは常々、抱いている。決して職場を出たから美化していうわけではないが、そういう立場のはずでいて、3名に限らず、職場でも仕事をこえた関係の中でも、こちらの方が随分とお世話になり、学ばされることの多い臨時さんの揃っている職場であった。

どれくらいの人が、肩書ではなく、その人自身に頭を下げているのだろう。

新・心のサプリ/海原純子

── と、実家の至近に越されてきたので今後もお世話になりそうである。。。


 

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