異動 新年度、雨 桜

意気に

4月から新しい職場に異動して初の週末、昼寝の域をこえて寝転けていた。今週は夕食前から椅子にも座ってられないほどでかなりの疲れ。

自分では異動になるとは思わず、かつまた異動先も予想外で !! な二重の驚き。

前の職場の仕事も雰囲気も、自分なりに年月をかけて大変、気に入るまでになっていたので非常に残念な気持ちが強く、桜の開花前後を濡らす雨のように空虚感も大きく残るが、内示という制度ではなく通告ゆえ辞めるのでなければ受け入れて進むしかない道。

予想外ではあったが、僕自身、かねがね障害当事者として関わるべきと思っていた職場。ただ、以前から大変ハードなことはよく見知っていた、経験者が多く戻ってくるようなところにこの分野門外漢の自分がこの歳であたるのもしんどいところはあるけれど(苦)、前の職場で仕事に(また仕事外に)随分と評価をいただき、かつ僕自身はおよそ決まってくるルートに乗れる通常の身でなく、常に前例のないケースとして取扱説明書無しな身、する側も周囲も博打のような通告だったと思うが、そこは試される側として意気に感じたい。

行く道に道標はなく

そういえばちょうど一年前に木内さんの記事を知り、氏の小説や解説記事や、に心打たれた一年であった。今また彼女のデビュー小説「新選組 幕末の青嵐」を読んでいるところであるが、これがまた味わい深く、一頁ごとに心にしみこんでくる。この中でもかつて幕府に仕える身で華やかな遍歴をもち、自身を有能だと自覚していた能吏、鳩翁をしていわせている

経験はつんできたかもしれないが、感覚はその場その場に置き去りにしてきてしまった。それではなにもならない、と鳩翁はふと我に返るような心持ちになった。組織内での評価に振り回されるだけで目一杯の月日だった。でもそんな評価は、もしかすると人生においては些末なことなのかもしれない。

特に年度末の人事異動シーズンは彼我の評価に話の積もる時期。結果としての評価を得にくい自分は、些末といいきれる潔さは未だ持ち合わせていないが、それでも僕も送別シーズンを経るごとに、組織の中での遍歴などでないところに人間をみる思いは強くなってきた。

木内さんの説いた「行く道に道標はなく」の記事に打たれて一年前に書いたように、何であれ、目の前のものに力を注いで自分が切り開いてゆくことに人生の妙はあると信じたい。


瑠璃光寺五重塔
瑠璃光寺五重塔

 

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