部対抗ソフトボール大会

かつては「その情熱を仕事に注いでくれ」と上司にいつもあきれられていたくらいに野球好き、ソフト漬けだった僕だが、今では前夜に物置を必死で探してもグラブが出てこなかった。職場絡みでもいろんなソフトボール大会がある中で、今日は部内対抗の親睦行事。

またかつては、こうしたとき自ら率先してチームをまとめ、引っ張り・・・というキャプテンシーを発揮することが苦でなかった、好きだった、オフには自チームを持っていた僕だが、今は見る影もない。きこえないというのは、こういうことだ。集団の中での主体性を奪う。明るさも元気さも人の良さも。

バレーにしろ野球にしろ、プレーそのものに支障はなくても、プレーそのものは大好きでも、周りが全て聴者の・・・という時は気持ちがどうしても入りきらない。乗れない。去年、バレーのことでも書いたけれど、聾者はプレーだけなら問題なくても、チームというのはそれ以上に楽しさとか居心地のよさとかで集まっているものだから、やはり聴者のチームに溶け込みにくい。

本当はこういう機会こそまさに課内で、さらには部署をこえて親睦を深められる絶好のチャンスなのに。

さてまた、話すことができないからか、普段はつきあいのない職員の人間的なものがグランド内外で僕には見えてくる。ソフトボール大会でヘンな話だが。

最近、同士と話してあらてめて気付いたのは、仕事にしろ何にしろ、聴者と話す機会はなくても良かれ悪しかれの人間味をつかむ、言動(というか、きこえないから行動だけ)から察知するのに長けているところがある。年齢的にも中間の立場だからか、上の人間を、あるいは下の人間を。

ここの部内は集まってみるとあらためて重要な部署ばかりの、デキる優秀な職員ばかりである。いわゆる出世ラインというかエリートコースだ。

けれど、それを自覚できて傲慢さ、尊大さの鼻につく若い者が少なくない。一方で若くてもさりげない気配りができる者もいる。上の方でもどこまでも謙虚で誠実な方もいる。そういうのが本当に話をせずとも見て取れる。常に傷付く方の立場ゆえ敏感だから余計に。

まあ出世に性格は問われないから、鼻持ちならない野郎でも上に行くんだろうが、地位に関係なく人柄で判断して「ああ、この人と話したいな」と思う・・・のができなくて残念ではある。


 

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