障害者スポーツ協会表彰

障害者スポーツ協会表彰

昨日の出来事。桜の開花の待ち遠しい頃に新しい齢を刻んで、41歳のスタート。

ちょうど誕生日記念になったのが、県障害者スポーツ協会による表彰。先月のメダル栄光表彰と同じくらい、僕には光栄で同志、同障の仲間にも励みになるものとして出席させていただく。

ただ、2点、申し上げたいことが・・・。

まず、昨年度も僕は国内新記録だったのに選に漏れていたこと。これは記録やニュースを把握、捕捉しきれていないのだと思う。記録でなく、全国規模大会での優勝者、という受賞基準を考えると、他にも聴覚障害者関係はだいぶ漏れているように思う。

福祉会館の中でも通訳がなく

もう一点は、通訳の情報保証がなかったこと。手話通訳をお願いして事前に「手配します」といわれていたのに、忘れていたのか、面倒だったのか、会場に着くと「ない」と一言で済まされる。

会場は県の福祉会館。最初、お願いしたとき「短い式だろうから、立派なレベルの通訳者でなくてもいい、誰か会館内で日常会話レベルの手話ができる職員がいれば(=たくさん、いるはず)それでいい」し、「いなければ、普通に手配してもらえれば」とお願いして「手配します」の確約を得ていた。

受賞者全員が様々な障害を持つ身の、会場は4階にあって、車椅子の方に「階段を使え」とはいわないだろうし、視覚障害の方には移動のアシストもするはずなのに。このあたりが、他の障害と比べても、聴覚障害者の甘く見られがちなところだ。

主役のはずの表彰される側が全く要領を得ないまま、式が事務的に進むだけなのは、これまでにもこのブログで繰り返している。普段はこれが日常茶飯事のことで、でも健常者中心の世界ではやむを得ない、我慢せざるを得ないのだけれど、福祉のための建物の中で、障害当事者を相手にした式でこれでは・・・。

会の進行次第という形式的な情報保証も大事。会長の挨拶が「皆さんの活躍で、3年後に山口県である全国障害者スポーツ大会を盛り上げてください」という内容だったことを今朝の新聞記事で初めて知る(本当はもっと色々あるはず)。そういうことを何も知らずに「ただ座っているだけ」なのはあまりに悲しく、もったいない。

また、通訳をお願いするのは、そればかりでなく、こうした貴重な機会を活かして同じ受賞者との出会いを大切にしたいというのもある。人が集まれば話をしたいのは、誰だって同じ。いつもは無理と分かっていても、せめて、こんなときくらいは通訳者の助けを借りて他の受賞者らと話をしてみたい。

通訳の手配ができていないことが15分前にでも分かっていたら、自分でメール連絡していた。急なお願いでも駆けつけてもらえる人はたくさん、いたろうから(水曜はちょうど昼の部の手話会の日でもあった)。

感情もなく、淡々とただ行事をこなしているだけ、という感じを受けた。猛省していただきたい。・・・と、これだけではせっかくの表彰も気分悪くなってしまうところ、救われたのは同じ表彰者の中野さんと初めてお会いできたこと。これは別途。



 

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