老いのつらさと

昨年、話題を呼んだ「おひとりさまの老後」の著者・上野千鶴子氏が今、日経新聞に連載している解説記事が興味深い。著書の方は読んでいないが、高齢化は無論、人口減少社会に入った日本でどう老いをみつめ、老いと付き合い、死んでゆくか、という氏の持論が展開されているようだ(シリーズものなので数回で完結)。

この中で「老いのつらさ」が自己否定感であること、マイノリティーに共通する感情と定義しているところが、僕自身、このブログで繰り返していることと同じで考えさせられた。

老いのつらさは、他人から軽んじられ、厄介者扱いされる差別視だけではない。若さを至上の価値とする成長期の価値観をそのままもちつづけることで、他のだれに言われるまでもなく、自分自身によって自己評価が下がることが、もっともつらく、受け入れがたいのである。こんなはずはない、ふがいない、なさけない・・・この老人の「自己否定感」は、あらゆる社会的なマイノリティーに共通する感情である。差別されることの最大のつらさは、自分で自分を受けいれることのできない自己否定感のつらさである。

男性が女性差別を、健常者が障害者を差別するのは、自分がそうはならないという安心感があるからだろう。だが、老人差別だけはそうではない。


2008/07/21日経・やさしい経済学

「エイジングとポストモダン社会」(3) 上野千鶴子

上野氏は社会が歓迎するPPK(ピンピンコロリ)~元気な姿のまま、ある日ぽっくり死んでゆくこと~に強い拒絶感を繰り返し表明している。老いを忌避するのでなく自然に受け容れ、介護保険の理念がそうであるように、社会の世話になることに抵抗を持たなくてよいのだと。

障害者もそうであるといいのだけれど、同列に説明されてはいても、女性は男性と数の上では対等だし、「老い」にいたってはもはやマイノリティーではなく、むしろマジョリティを占めつつある点での違いが大きい。


 

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