「監督」レビュー その2 マラソントレーニング

川嶋伸次(2009年刊 バジリコ)

2010/01/03読了、2010/01/06メモ

追記

監督-挫折と栄光の箱根駅伝-
監督-挫折と栄光の箱根駅伝-(バジリコ)

箱根駅伝での東洋大優勝もあってか、Amazonでは今、在庫切れのよう。前回、記しそびれたけれど、前半にはマラソン・トレーニング論としても役立つ内容が書かれているので、このブログに興味あるランナーの方は是非、買って読んでみてください。僕は普通、本は人には勧めない、好き嫌いの差がはっきり出るだろうからと思う方なのだけれど、この本は素直に勧めることができます。

たくさん印象に残った中から2、3ほど──。


マラソンの疲労

シドニー五輪代表に選考されながら21位に終わったことについて、選考レースの最後となったびわ湖の疲労が抜けなかったのだという。

私の場合にはケガの影響もあったが、そもそもオリンピックの代表選考の仕組みにも、いまだ問題があると思っている。


特にびわ湖や(女子の)名古屋という選考レースを走った選手にとっては、本番まで残された時間が絶対的に短い。選考会の疲労を癒し、もう一度オリンピック本番までにピークを作るのが至難の業だ。

シドニー五輪の年は3月のびわ湖から本戦(9月)までは半年以上先だった。それでも、である。北京五輪(8月)の最終切符をびわ湖で獲得した大崎選手の欠場も然り。

よく僕ら市民ランナーがフルマラソンを走ってレース後のダメージがどうこうとレース翌日にはもう口にすることが多いけれど、そうではなく、本当のダメージというのは数日、数週間で判断できるものではなく、2、3ヶ月~半年先、場合によっては一年後に出るのだと思う。そのことが僕もよく分かるようになった。特に前回、5年前のデフリンピック、また、初めてサブ30を達成した3年前等、その後の回復にはかなりの時間を要した。

マラソン後1、2週後のレースは案外、走れるもの。でも実は問題はその先で、例えば、今なら10~11月のレースの影響がじわっ・・・と出てくる。川嶋氏は3月のびわ湖を走った後、5月頃に身体が全く動かなくなっていたという。

僕も福岡は無論、その前のデフリンピック(9月)、さらには5月の洞爺湖と半年強で3本のマラソンは、その間も含めて非常に良く走れたものの、恐いのはこの先半年、一年。今、まさに影響が出つつある。今年の目標を「修復」に置いたゆえん。決してずる休みではなく。

フルマラソンで最高のパフォーマンスを発揮するためには、三ヶ月以上の準備期間を要する。レース後には、同様に三ヶ月かけて疲労を抜いていく期間が必要となる。

僕ら市民ランナーは、前段は分かっていても、後段は無視して何度もチャレンジ、リベンジしてしまいがち・・・。僕も昨年の3つがいずれも最高の力を出し切った分、きちんと疲労が抜けるのは一年くらいかかっておかしくないと思う。年齢を考えればなおさら。

2、3のつもりが、残りはまた別途。

満足度:★★★★★


 

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