走る理由 3

海老沢泰久(2000年刊 文藝春秋)

2009/08/16再読、2009/08/16メモ

走るための動機

オーケイ。 (単行本)
オーケイ。 (文藝春秋)
Amazonにも初レビューしてみた

今回、デフリンピックに向かう直前の、ちょうどいいときに思い出させてもらえた形で再読することができた。

向井氏が絶賛する明晰な文体の、かつ著者独特の優しさが包み込んでいる作品だ。もう何度となく繰り返し読んで筋も進行も全て分かっていて、「帰郷」のようにラストのセンチさ、泣かせがクサイと分かっていても、やはり胸に来る。

今回も繰り返し読んでみると、10年、年をとったせいか一層、涙腺も弱くなりボロボロ泣いてしまった。泣かせることが主意の内容ではないのだが、オリンピック周期という4年の時間を自分なりに重ねてみるとどうしても胸にくる。

自分自身のために走ろうと決意した

一方で自分が思うほどたいしたことでないことも分かっている。僕が出場の決まったことを伝えた友人も「今度、昇進試験を受ける」ことに必死なようだった。石井進が同窓会で出会った同級生のように、皆、自分の生活や子どもの運動会のことの方がもっとずっと大切なことなのだ。

画面が変わると、力つきたらしい女の人が沿道に車椅子を止め、係員に抱きかかえられて泣いている姿が映った。彼女の両脚は細く、ほとんど筋肉がついていなかった。おそらく歩くことができないにちがいなかった。その女の人が泣いていた。完走できないことが口惜しくて泣いているのは明らかだった。石井進は、それを見て、なぜかとつぜん心を揺すぶられた。


・・・


それでも彼らは走ろうと思い、完走できなかったレーサーは、それが口惜しくて泣いていた。彼らが走る理由はひとつしか考えられなかった。彼らはただ自分自身のために走っているのだ。ほかの何のためでもなかった。その意志の前には、同情心も何も、いっさいはいりこむ余地はなかった。じっさい石井進は、完走できなかったことが口惜しくて泣いていた女の人を見ても、同情心はまったく湧かなかった。同じ競技者として彼女の口惜しさが正確に分かっただけだった。きっと彼女は完走できなかった口惜しさを克服するためにまた走り、何としても自分を満足させようとするだろう。


自分はまだそんなふうに考えて走ったことは一度もない、と石井進は思った。

今回のデフリンピックも前回1~3位の選手に加えて世界選手権の優勝者等、ケニアをはじめとするアフリカ勢がずらりとエントリしている。そして彼らは皆、若く、二十代後半から三十代前半の一番、力のある時期である。他の競技や他種目に目を向けずマラソンに全力を集中している彼らの国はマラソン枠一杯の5名が走るはずだ。表彰台を独占した前回からさらに、今回はもしかすると8位入賞までをアフリカ勢が総なめするかもしれない。そうだとしてももう誰も驚かない時代になった。

そんな中で冷静に客観的に考えれば自分の力は──。

でも自分が世界のトップ達と差があると分かっていても、充たされていた石井進の心境が今の僕にも通じる。オリンピックという特別な舞台でなくとも、市民ランナーでも目指す大会を控えた気持ちはきっとそうだろう。

5月の洞爺湖マラソンがそうだったように、僕は走るコースや他の出場選手が分かっていなくてもどうだろうとほとんど気にならない。長距離はコースや他人よりも(それもあるけれど)、まず自分との闘いである、コート競技等と違って自分と向き合うことが必要条件であり魅力でもある。誰かを気にするのでなく、自分の走りをするだけだ。

オリンピックを前にして、そんなにゆったりした気持ちになったのは初めてだった。夜になると、決勝まで残るためには、一次予選と二次予選と準決勝をどのようなペース配分で走ればいいかを何百回も頭の中で考えた。最後の力を温存し、しかも負けないように走るというのはたいへんなことだった。しかしそれをうまくやらなければ決勝には進めなかった。


こんどはそれらの全てが成功したのだ。そうしてあしたのレースのことを考えていると、石井進はとても幸せな気持ちになった。決勝レースに出場しても、自分がトップ・ランナーたちとまったく勝負にならないことは分かっていた。しかしそんなことはぜんぜん気にならなかった。彼は決勝レースで彼らと一緒に走ると決め、やるべきことをやってそれを実現したのだ。自分自身のためにそれをやったのだ。

そういえばこの本を読んだ9年前の8月、僕はまだデフリンピックというものを知らずにいた。知ったのは翌年9月、前々回大会のローマ大会に出場した戦友に初めて出会ってからである。

本書刊行から9年、感動したことはずっと忘れずにいたものの、前回5年前のデフリンピックで目が向くことはなかった。今回は本当にいいときに読み返すことができた。これからレースに向かう直前の僕の気持ちにも力がみなぎってきた。著者の急逝がはからずも僕に力を与えてくれたといったら言い過ぎだろうか。

満足度:★★★★★


 

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