走る理由 2

海老沢泰久(2000年刊 文藝春秋)

2009/08/16再読、2009/08/16メモ

グランドで仲間と抱き合って泣いた

オーケイ。 (単行本)
オーケイ。 (文藝春秋)
Amazonにも初レビューしてみた

以下、前回の続きで9年前当時の会報に掲載した原稿。

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これだけ(=子どもの頃を語ったTV放映)で十分に感動できるのだが、ここに高野選手を描いた小説がある。海老沢泰久氏の短編集に収められた「走る理由」という作品である。主人公を石井進という名前に代えたフィクションとして書かれているが、他ならぬ高野選手のことである。

陸上競技の中で最も過酷な種目とされる400m走に取り組み続けた一人の男がなぜ走り続けるのか、自らに問う物語である。「ようこそ先輩」では当然、小学校時代のことしか説明されなかったが、ここでその後の高野選手を知り、僕は一層胸を打たれた。

中学で陸上部に入部したが、他の小学校にはもっと速い者がいた。記録も思うように伸びなかった。やがて練習を休みがちにすると、仲間からも冷たくあしらわれ、相手にされなくなっていった。再び小学校時代に味わったひとりぼっちに逆戻りになってしまった。それでも他にすることがないからというだけで陸上を続けた高校では、棒高跳びに転向してみた。しかし、着地に失敗して一ヶ月入院する怪我を負ってからは、もう怖くて跳べなくなった。退院後にリハビリのつもりで200m選手と走り続けていると、意外に速い自分に気付かされた。監督の目にとまり、高校三年で400mに転向した。1600mリレー(400m×4人)の選手から「勝つためにおまえが必要だ」と誘われるまでになった。誰かに自分が必要だと言われたなんてことは初めてだった。小学校のリレーで自分の存在を認められたときのように嬉しくなった。初めて仲間を持てた充実感で、それからはどんなきつい練習にも耐えることができた。

400メートルは、じっさいに練習をはじめてみると、横で見ていて思っていたよりもずっときつかった。なかでも乳酸系のトレーニングをすると苦しくて死にそうになった。しかし石井進はへこたれなかった。いつも四人一緒だったからだ。四人で一緒にやっていると、どんなときでも自分は一人きりではないのだと思うことができた。バトンリレーの練習で相手の手にバトンを渡すときなどは、とくにそのことを強く感じた。それはすばらしい充実感だった。それにくらべれば、練習のきつさなど何でもなかった。

最後のインターハイでは、実力が拮抗して決着がつきにくいアンカー選手のために、第3走の自分のところで死んでもトップにたってやろうと思った。見事優勝を決めた時はグランドで仲間と抱き合って泣いた。

自分がなぜ走るのか分からなくなった

大学3年で日本記録をマークし、第一人者となってからは国内に敵はいなくなった。それから2度連続してオリンピックにも出場した。にもかかわらず、同窓会で会った中学の同級生達はそのことをほとんど知っていなかった。それどころか、オリンピックという世界の頂点を目指してトレーニングに励む自分よりも、工場で主任になり、妻と子どものために残業しているという同級生の方が誇らしげだった。

「一体、自分は何のために走っているのだろう?」 そう考えさせられて、気分がふさいでしまった。それから、いやになるほど悩みぬき、徹底的に考え抜いて自らその答えを見つけ出してゆく。――そうして、出場した3度目のオリンピックであった。小学校時代に味わったコンプレックスだけでなく、3度のオリンピック出場の陰にはこうした挫折の連続があったのだ。

60年ぶりのファイナリスト

400mがどれほど過酷な競技であるかは普通に考える以上のものがある。人間は生理学的に、無酸素状態では41秒以上、全力疾走できないとされている。一方、400mの世界記録は43秒台。つまり、一流の選手達は説明のつかない状態で最後の数十メートルを走っている。分かっているのは、ゴール後はバタバタと倒れこみ、気を失ってしまうことも珍しくないという光景である。

加えて、ただでさえ筋肉の疲労がひどい上に、1次予選、2次予選、そして準決勝と3つのレースを勝ち抜かなければ決勝に進めない。だから、メダルを狙えるような本当にトップレベルの選手達は予選では全力疾走せずに、いわゆる「流し」て体力を温存する。

短距離競技では身体能力の劣る日本人選手として、高野選手は60年ぶりに決勝(ファイナル)進出を果たすことができた。メダルだけが全てではない、ここに陸上競技の「ファイナリスト」の名誉がある。これで初めて世界のトップアスリート達が本気で走る、本当の勝負ができるのだ。これまでは、彼らは全力で走っていなかった。2度オリンピックに出たとはいっても、それらは本当の意味での最高の舞台ではなかった。全選手が一発勝負で決着をつけるマラソンのような長距離競技と違い、決勝まで3回走って、初めて、やっと世界の一流ランナーと真剣勝負できる舞台にたてたのだ。

準決勝後、高野選手の筋肉の張りはどうしてもとれなくなっていた。初めて血尿まで出た。翌日の決勝を控えたそんな中、観戦にやってきていた夫人と散歩する時の会話がまた泣かせる。

「明日はビリになっても泣くなよ」

「そんな約束はできない。泣いてしまうにきまってる。でも、それはビリになるから泣くんじゃない...」

オリンピックには、テレビの画面にはあらわれることのない、こうしたドラマがある。

今年のオリンピックでも、女子マラソンや水泳では代表選考の過程が物議をかもしたが、かつて、アトランタオリンピックを目指して練習していたマラソン選手が交通事故死してしまったこともある。志半ばでこの世界を去って行ってしまったことを、村上春樹は当時、「果たされなかったもの」でこう述べている。

今年もオリンピックの男女マラソンで、日本中が盛り上がった。僕もやはりテレビで見た。もちろん日本の選手が勝ってくれれば嬉しいし、負ければ残念に思う。でもメダルがどうこうというのは、正直に言って僕にはそれほど興味がない。結果としてのかたちはもちろんとても大事なものだけれど、われわれが生きていくことを本当に助けてくれるのは、何かもっと別のものだ。永遠に勝ち続けることのできる人間なんて、この世界に一人もいないのだから。

アトランタの道沿いで景気良く日の丸の旗が打ち振られるのを見ながら、僕の心はふとテレビの画面を離れ、そこには決して映し出されることのない、果たされなかったものたちの世界の方へとうつろって行く。

今年もメダルを狙える有望選手、人気選手をテレビ、新聞、雑誌等あらゆるメディアが追い、その一挙一動を取り上げる。もちろん、勝者には限りない賞賛と名誉とが授けられるが、その一方で、そうでない選手達のドラマにもいくつ出会うことができるだろうか、と期待している。

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以上、9年前の原稿終わり。もう1回続く。


 

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