走る理由 1

海老沢泰久(2000年刊 文藝春秋)

2009/08/16再読、2009/08/16メモ

スポーツ短編集

オーケイ。 (単行本)
オーケイ。 (文藝春秋)
Amazonにも初レビューしてみた

今日はまたこれまで寄せられた色紙を見たり本を読んだりと感涙していた日。

本の方は先日、亡くなられた海老沢泰久氏の追悼シリーズ。初版は2000年2月。僕が購入したのはその年の7月で、ちょうど9年前の夏の8月13日から19日にかけて読了したことを当時のメモに書き残している。

スポーツを題材とした6編からなる短編集のメインはタイトルにもなった第1編の「オーケイ。」。続く2編もゴルフを題材とし、4~6編がプロ野球を描いている。いずれも著者の得意とする分野。3編目の「走る理由」だけが陸上を描いたもので、生前、F1、プロ野球、サッカー、ゴルフ・・・はあっても陸上について触れることは少なかった(ほとんどない)著者の、それだけに珍しく、けれども本書発刊当時の朝日新聞書評で向井敏が

小説では、海老沢泰久の『オーケイ。』。この作家得意のスポーツ種の短編集で、なかでも秀逸は陸上競技きっての苛酷な種目とされる四百メートル走に打ち込み、何のためにこんなきついスポーツをと悩む男を描いた「走る理由」。簡潔で明度の高い文体がすばらしい。

と絶賛していた、それにひかれて当時、購入したものである。

今回、前回の『帰郷』のように、単行本でなく解説の付く文庫をも見てみたいと思ったのだが、どうも氏の作品の中では評価なく不人気のようで絶版な上、文庫化もされていないようだ。でも僕には『帰郷』同様に最高に気に入っている作品。

高野進の物語

陸上好きなら向井氏の「四百メートル」ですぐにピンと来たかもしれない。主人公が石井進という名で描かれている「走る理由」は、フィクションの形を取りつつ、ここまで書けばすぐに連想がゆくように、ロス、ソウル、バルセロナと五輪3大会に出場した高野進を描いたほとんどノンフィクションの中身となっている。

高野氏のことは以前、2006年福岡国際マラソンの前に見たNHKプロフェッショナルのことでも触れたことがある。

来週は福岡国際マラソン--「ゴールの向こうには新しい自分が」

さらに遡ると、NHKの看板番組「課外授業 ようこそ先輩」にも登場されたこともある(1999年)。10年前、要約筆記というボランティアで、地元の、また全国大会の講座で講師を務めたときに、ビデオに録画したこの映像を僕が好きで利用したことがある。

そんな具合にマラソン以外の陸上種目には疎い僕でも高野さんのことだけはずっと好きで憧れの存在でいる。

引っ込み思案の子だった

以下、9年前の9月、シドニー五輪を前に団体の会報に掲載した原稿。まずは本書の前段階、子どもの頃について「課外授業」で語っていた内容。

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ロス、ソウル、バルセロナと3度のオリンピックに出場した高野さんが、母校で自身の小学校時代のことを語る姿が、この放映の一番の場面である。講座で流すにもちょうどいい、時間にしてみればわずか5分程度のシーンである。

小学3年のとき、それまで通っていた山の分校が廃校になり、町の学校に転校してきた。全部で5人の学校から1500人の通うマンモス校にと環境が一変した。内気でおとなしく、周囲とうまくなじめない引っ込み思案の子だった。町の子には、勉強でもスポーツでもコンプレックスを感じた。小さな分校では野球やサッカーをやったことがないから、それで笑われるとますます落ち込んでしまった。ところが、あるとき運動会で一着になると、みんなに「速い」「すごい」とほめられて、途端に注目されるようになった。それが嬉しかった。運動会のリレーを心待ちにして過ごした小学校時代だった。

400m競技で2度のオリンピック出場を果たし、ソウルでは自己の持つ日本新記録を更新して準決勝まで進めた。それだけで十分な賞賛も浴びた。年齢的にも引退がささやかれたぎりぎりの身体であったが、バルセロナで3度目の出場を果たし、見事、決勝に進むファイナリストとなれた。――VTRのシーンは、かいつまんでいうとこうなる。「コンプレックスがあったからここまでやってこれた」――やさしく、朴訥とした語りの高野さんの姿が印象的なシーンである。

(続く)

一人でベッドにじっと横になっていると、走れもせず、ただベッドに寝そべっているだけの自分がいっそう無意味な存在に思えてきて、さびしくてたまらなくなるのだった。それから、このまま一生走れなくなったらどうしようと思ったり、自分は意味のあることを何ひとつしないでこのまま死んでいくのかと思ったり、おれの人生というのはいったい何なのだろうと思ったりした。すると涙が出てきてとまらなくなり、一人で泣いてしまった。

満足度:★★★★★


 

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