人はどのようにしてランナーになってゆくのか

村上春樹(2007年刊 文藝春秋)

2007/11/11 第2章読了、2007/11/18メモ


「本棚」に収録していたのだけれど、個人的な考察を喚起してくれるところがより大きいので、こちらへ移行。

第2章「人はどのようにして走る小説家になるのか」

2007年刊
文藝春秋

春樹が大学を出てジャズクラブを経営しながらある日、突然、小説を書くことを思い立ち、二十代最後の秋に『風の歌を聴け』を書き上げた。三十歳にして小説家デビューを果たし、三十三歳で日常的に走り始めた経緯が記されている。

このあたりはこれまでにもエッセイその他で繰り返されていたので、第1章ほどの「ダイレクトな肉声」を感じることもなかった。

「走る」小説家というのは確かに珍しく、それが著者の支持を厚くしている一因でもあるだろう。僕もその一人だが、影響を受けて走ることの世界にはまった人も多いはず。

人はどのようにしてランナーになってゆくのか

小説家ほどでなくとも、「人はなぜ走るようになるのか」という問いは、人それぞれの物語があって面白い。

著者がそうであるように、小説を書くための体力を積極的に維持する、太りやすい体質なのでといった例。若い頃に比べて太ったから、健康診断で要注意と指摘されたから・・・で走り始めた人は事実、非常に多い。

石原慎太郎は昔、雑誌『PRESIDENT』で連載していた中で「人は40歳になると突然、走り出す」というフレーズを書いていたように覚えている(後、『老いてこそ人生』(2002年幻冬舎)に単行本化)。

何にしろ、ちょっとしたきっかけから意外にはまりこんでしまう。

僕の場合でいうと、就職後(23歳)の駅伝出場を誘われて、というのが直接的なきっかけになるのだが、まだその頃のメインは野球だった。赴任地で職場とはまた離れた軟式野球チームに所属させてもらったのだが、学生時代の本格的な部活から遠ざかるとやはり、体力の衰えを感じさせられていて、走ることもそちらのカバーのつもりが大きかった。

野球は他のスポーツに比べると、動的な時間がずっと続くスポーツではない。攻撃時は打順が回る以外ベンチに座っていられるし、ベンチを外せば煙草も吸える。投手の体力消耗が激しいのは無論なのだが、僕は内野を守っているに過ぎないのに9回まで持たないくらいで「これはいかん」と走ることを利用させてもらっていた。

いつしか自分なりの流儀で

チームで走る駅伝が面白いから、年に数本、主に駅伝シーズン中に走っていただけ、まだ野球用のジャンパー&ジャージで走っていた僕が、日常的に走るようになったのはやはり、27歳で完全失聴し、29歳で身障者スポーツ大会やろう陸上の世界を知ってから。

この辺りは大会出場記録を見てもらってもわかると思う。28歳から29歳にかけての1996年から大会出場が増えるようになった。

「記録」を目指してさらに本格的に・・・となるには、まだ33~34歳まで待たねばいけないのだけれど、僕の場合でいうと30歳前に走ることが日常生活に入り始めた。以前、部誌に寄稿したときに記したのだが、野球やバレーやスキーやゴルフや・・・から、きこえなくても一人でもやりやすい、走ることが「淘汰されて」残っていったという具合である。

僕は野球、バレー、スキー・・・等、結構、幅広くスポーツは何でも好きだし(ゴルフはもう完全に止めたけど)、それぞれの競技の魅力も知っている。でも、野球にしろゴルフにしろ、ベンチで、またラウンドを廻っていて、一緒のプレーヤーと談笑もできないのは何ともつらい、他のみんながそうであるほど疎外感を味わわされるものである。

プロや学生時代の一線での競技レベルならまだしも、趣味レベルで人が集まるとき、競技そのもの以上に、コミュニケーションできる楽しさを求めて集まっているものだろうから。

駅伝がきっかけだった、駅伝しか走らなかった当初数年から、今ではだいぶ変わってしまったともいえる。もちろん、いつも一人であるわけではないし、状況によって変わってくるけど、普通には理解されにくい僕なりの事情があって、走ることに対する気持ちや姿勢が変化してきたことは確かだ。

一人よりみんなでやった方が楽しいし、「競技」的にも伸びてゆける、トレーニング効果の大きいことは元より承知している(=こんなだから僕も「記録」的には随分、遠回りしている)。でも、春樹の影響で走ることにはまった僕が、「記録」はともかく、いつしか一人で走ることも悪いことではない、と自分なりの走り方を見つけてゆけるようになった。春樹に力付けられたおかげが大きい。

第2章:★★★

走ることにはいくつかの大きな利点があった。まずだいいちに仲間や相手を必要としない。特別な道具や装備も不要だ。特別な場所まで足を運ばなくてもいい。ランニングに適したシューズがあり、まずまずの道路があれば、気が向いたときに好きなだけ走ることができる。テニスではそうはいかない。いちいちテニスコートまで出かけなくてはならないし、相手も必要だ。水泳なら一人でできるが、泳ぐためには適当なプールを見つけなくてはならない。

・・・

だから僕はスポーツ種目として、ほとんど迷うことなく──あるいは選択の余地なくというべきか──ランニングを選択した。


人生は基本的に不公平なものである。それは間違いのないところだ。しかしたとえ不公平な場所にあっても、そこにある種の「公正さ」を希求することは可能であると思う。それには時間と手間がかかるかもしれない。あるいは、時間と手間をかけただけ無駄だったね、ということになるかもしれない。そのような「公正さ」に、あえて希求するだけの価値があるかどうかを決めるのは、もちろん個人の裁量である。


 

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