障害者スポーツ大会・陸上競技場にて

キラリンピック、という名称はどうだかとも思うが

土日、仕事としてあたった先週の話(相変わらず慌ただしいため、ブログもできるときにまとめて更新)。

当日のお役目は昨年に続けて練習会場係。補助競技場での設営やら監視やら。主会場でないため、肝心の大会自体は全く観戦できないのだが、同じ陸上の大会用務でも前週の県選で担当した、結構目まぐるしい選手招集よりやりやすい(^^) 前週が雨の中、立ち通しで持病の神経痛も悪化させてしまったのに比べて、天気良い中のサブグランドをあちこちに付き合う分、2年続けて一番日焼けする結果となったが、自分としても身体を動かせた方がいい。

今年は同じ用務に当たる方が昨年と違ってだいぶやりにくい方ではあったのだが、それはさておき──

昨年同様、選手として出場している2人の同障がいて、競技前のアップとしてサブグランドにやってくる、それにつきあえるのが楽しい時間。これは他の職員には無理な、僕が担当で良かったと思える役目。緊張感漂う招集箇所とも違い、リラックスしてのんびりと談笑できる。

ただ、談笑の中にも2人の競技にかける姿勢は素晴らしく、普段会わない、僕自身にもそういう機会が別に無いだけに、2年続けて同じ事を思う、あらためて尊敬の念を強くさせられたのが、大会用務にあたった自分にも一番、有意義で得るところの大きい点。

2人ともに50歳代。口を開けばお互いに「腰が痛くてもう(競技は)ダメだ・・・」といいつつも、本戦の前にちゃんとサブグランドにやってきて、きっちりアップをする、コンディションを確かめる、というのは、一年中、競技をしている僕から見てでさえ(というか、自分が競技しているからこそ)なかなかここまではできないよなと強く思う。

長距離のように歳をとっても続けやすい種目と違い、2人は走り幅跳びやら走り高跳びという、いい大人が普通やろうとは思わない、多分、陸上の中でも一番ケガの起こりやすそうな種目を、今でもダイナミックに見せてくれるのは、ただただすごいという他なく感嘆させられる。もうひとつ、槍投げ(に似た障害者スポーツ独自の種目)用には「これがいいアップ(のもうひとつ前の準備)になるから」とソフトボールの遠投にもつきあったのだが、昔、野球部、結構、肩は強かった僕も思い切り投げたい気持ちはあるのだが、昔の感覚で投げてしまったら「きっと一発で肩が壊れるだろうな」と分かるくらいに、やはり跳躍・投擲競技なんて普段から鍛錬していないと絶対にできない。

2人の本番は見れなかったものの、Jさんは昨年跳べなかった(アップでも跳べなかった)高さのバーをクリアし、また、Fさんは大会新、のさすがの成績。これは去年は気付かなかった、今、こうして書いて気付いているのだが、2人にとってもアップの時に僕がいたのはいい方向に働いた点があるはず。身体の動きはどうか? 踏み切りは? 踏み出しは? 助走は? 投げ出す角度は?・・・等々のアドバイスを遠慮無く求められる相手がいる。何より誰かと話せることは気を紛らわせられる、競技前にリラックスできてとても良かったと思う。僕自身、以前のエントリでも書いたが、普段のレースではそういうことが少ないだけに、駅伝の中継所に偶然いた通訳者との何気ない雑談に気分を軽くさせてもらった、話せる相手のいることが選手をリラックスさせる大きな効用のあることを痛感したことがある。

歳をとっても競技を続ける、走り続ける人は多くいてそう珍しくはないが、2人を特別に思うのはやはり、きこえない身でいながら、ということ。今の例もそうで、普通の人には当たり前すぎて思い付かないことだろうが、コミュニケーションのままならない困難、ハンデのある中、一人でも競技に向かう、意欲を持ち続けるは容易なことではない。僕の目標としても、2人にはいつまでも頑張ってほしいなと思う。

20150430

 

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