敗者の誇り

本意

続々編。全3回、一気に書き上げてからの分断エントリ。

1回目で新記録の記事の書かれ方に不快に感じたことを書いた。読んでる側にも快くない心象を与えたかもしれない。もちろん、今回編のことを念頭に入れて、最初にいうだけいったつもり。それまた僕の本意でないことについて最終回。

1回目の内容を彼が気にするようなことはないだろうと思う。それは僕も心配していない。「1万もハーフもマラソンも」というくらいだから、相当な自負を持っているはず。

僕も思いを正直に吐露した後は「おめでとう」と素直に新記録を祝福したい。

記録はいつか破られるもの。勝者の幸福を僕も充分に味わったのだから、同時にここは敗者の誇りを持って彼を称えたい。

学生時代に少し経験があったとかいうけれど、本格的に取り組んでから非常な短期間、それこそ半年足らずで急速に力をつけてきたらしい。これは所属するクラブのメンバーが一番、分かっているのだろう。本人の努力もさることながら多分な才能があるのだろうね。

聾者記録にとどまらず

今回のマラソンが17分もの記録短縮という、いともたやすくサブ30の川を越えてしまったことが本当に凄い。俊足ランナー、才能あるランナーは数多しといえども、ことマラソンに限っては結果を出せない、サブ30より遥か上に行けるレベルなのに、サブ30さえクリアできない、いつまでも足踏みしているランナーは少なくない。これがこの競技の面白さ。

越えたランナーも程度の差こそあれ、たいてい足踏みしてきているから、一発で飛び越えた彼の素質がよく分かる。もちろんハーフのタイム等からすればまだまだ物足りない。5千、1万、ハーフ、フル・・・の全てをこれから何度でも大幅に更新してゆけるだろう。フルではサブ27といわず、サブ20を目指してほしい。それだけの若さ、時間があるのだから。

僕自身、聾者記録にこだわるつもりはなかったものの、それでもいざ記録を超えられると、さみしいものである。それは人間だから悔しさもある。Qちゃんの世界記録が一週間でヌデレバに更新されたときも、さらにラドクリフに・・・と、皆、こんな気持ちだったのかなあ。

障害にこだわらず

ちょっとマラソンとは逸れて、障害という突っ込んだ話になるのだけれど、聴覚障害者といっても様々だ。例えば僕は、幼少時から難聴であったものの聾学校や特殊教育を経験しないまま聴力低下してゆき失聴した身である。

これが生来の聾者で聾学校経験者には素直に受け入れられない一面も有している。このあたりは今年、長きにわたってエントリした「たったひとりのクレオール」に詳しいが、きこえないということが言語、コミュニケーションの本質に関わってアイデンティティに密接にからむゆえんだ。

聾学校が少数の特殊な集団で強固な結束力を持つがゆえに、そのテリトリーに頑なにこだわって、同じ聴覚障害者でも異なる形態、経歴の者を排除しようとするきらいが一部にはある。

僕も6年前、タイ記録に並んだときはまだ良かったが、サブ30を果たして大きく更新したとき、前保持者には素直に喜んでもらえなかった。僕の身の上にことあるごと難癖を付けて中傷めいたこともいわれた。僕自身は常に持ち上げて敬意を示してきたつもりだったが・・・。だから余計に今回、敗れても誇りを失わず、新しい記録を、新しい勝者の出現を素直に祝福したい。

聾であれ難聴であれ健聴であれ

今回、記録を更新した彼も補聴器を装用する難聴者らしい。補聴器も使用しない、今時点では全くの「聾」の僕よりも、いくらか聞き取れる聴力を持っている、聾というより難聴者であれば、また彼に対する視線や思いによからぬ偏見がまじるかもしれない。それを心配する。

どんな集団にも純血を志向して異質性を排除しようとする傾向があるもので、聴覚障害の世界にもそれが強いのだが、聾者であれ難聴者であれ、同じ聴覚障害を持つ身、その辛さ、不自由さ、悩みには共通するものがある。狭い了見でなく、ともに受け入れて広くつながる寛容さを持ちたい。

その点でいくら尊敬しても尊敬しきれないのが前回の真人さんだ。彼は障害の度合いや経歴がどうこうのは全く問わず、ただマラソンが好きだという一点で僕と接してくれるし、通じ合える。そしていつも僕の記録を喜んでくれる。記録よりもうんと大事な人間性というものを学ばせてもらっている。

聴覚障害者記録といっても、例えは適切でないかもしれないが、地区の運動会のような、ちょっと出場資格を限定した類のものだ。特にマラソン、陸上に聴覚障害者のハンデはほとんどない。仕事や日常生活や・・・では大きな不利があるけれど、いざ走り出せば差はない。聴者と同じ土俵で問題なく競い合える。だから面白い。だから魅力がある。だから努力のしがいがある。

今回の彼もそうだろうが、聴覚障害者記録は一つのステップであり通過地点であり、さらに大きく飛躍してほしい。

彼の素質と若さを認めるとき、彼と同世代でなくて良かったかもしれない、僕がひとときでも日本記録保持者でいられたことは幸せだったのかもしれない(笑)。もちろん、僕もまだ引き下がらず、今度は「老いた」僕が「若き」彼の背中を目標に挑戦者として挑んでいくつもりだ。


ここまでは一気に書き上げた全3回完了の予定だったが、予定外のことあってもう一遍続く。


 

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 comment
  1. みっちー より:

    ご存知のように私は2時間40分を切ったところで足踏み状態ですが、羊さんや鐵人さんなど同年代の方が自己ベストを更新する姿をみて、勇気をもらっています。到達するタイムは素質の差もあると思いますが、「自己ベストを狙えるのだ!」と。
    その羊さんに火が付いたこと、すごくうれしいです。
    実は新聞で「新記録」の文字を見てその方が若いのを知ったとき「羊さんが引退と言いだすのでは」と心配していました。でもその逆で本当によかったです。あとは私が羊さんに火をつけられるくらい頑張れればいいんですけど・・・(^^)

  2. より:

    そうなんです。
    前回デフリンピック出場後、また、ランニング・ライフの目標であるサブ30を果たしてから、そろそろ身を引くいい引き際を探していたところでした。
    僕もみっちーにはいつも力をもらっていますよ。
    前の話だけどみっちーの今年の東京でのベストはお見事でした。
    東京とびわ湖、続けて走ってみて、明らかに東京の方が難コース、難コンディションでした。
    ちょっと今さらになるけれど、びわ湖で北京五輪切符をつかんだ大崎選手の執念も素晴らしかったけれど、東京で突然、頭角を現した藤原選手が2つのレースの条件を考えると、力的にはあったろうと思っていたくらいです(もちろん、大崎選手の選出に異はなかったですが)。
    僕も自分がそうだけれど、一気に飛びこえる才能型でなく、数年かかって一分ずつ縮めてゆく根気も素晴らしいと思います。
    特にみっちーはまだ力を出し切れていない、たまたま結果が出ていないだけなので、この先も大丈夫ですよ。苦労が長い方が嬉しいです。
    しかも次は誕生日RUNになるじゃないですか!
    ビシッと決めましょう!
    僕も今回、記録を破られたのがいい花道になってもおかしくないところでした。
    ・・・が、新しい挑戦をしてゆける喜びがでてきました。

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