阿波・讃岐ディープ遠征記

吉野川~穴吹川

だいぶ日が過ぎましたが、9月の徳島駅伝、陸上部広報誌への寄稿原稿をこちらへも旅行記として残しておきます。

編集人です。寄稿をお願いした方々が当然にレースのことを書かれたので、ここではレース外について、ご紹介します。なお、今回はたまたま編集人が書いていますが、基本的に部誌への寄稿は自由投稿を歓迎しています。レースへの出場記、近況報告等々、是非、積極的にお寄せください!

さて、徳島県へは部長、Yさんのお二人に車を出していただき、男性陣12人が分乗。家族旅行を兼ねたMさん車と3台で会場を目指しました。運転者の方々、長い運転、大変おつかれさまでした。

監督が気を遣われYさん車に若い人を乗せてレースに備えさせ、きれいに年代別の乗車となりました。車中ではそれぞれに盛り上がっていたようで、S君の運転中など「話に夢中になって分岐すべき箇所を通過してしまい引き返します」とか、翌日はうどんの美味しさに打たれて「さっきの店にカメラを置き忘れたのでもう一度、戻ります」とか、でも帰ってみたら「そのカメラも壊れていました」とか、それもまた旅を彩る(あるいは陽の目を見なかった)愉快な想い出として楽しかったです。

僕は徳島は学生時代に自転車で四国を一周した際に通過したことと、出張で一度、出向いただけの三度目でしたが、会場はこんな大会でもなければ来ることはないだろう非常に山奥のローカルな、旅先として訪れるに申し分ない地でした。

レース後、二次会用の酒類をダイレックスにて購入。コンビニでもいいじゃないか、と思うことでも店名まで指定して予定に組み込んでいた、S君の用意周到さにアタマが下がります(が、その一方での迷走ぶりも彼の人間味ですね)。

宿は水質の良さで知られる穴吹川を名峰・剣山に向かって上流に進んだ山中に建つブルーヴィラ穴吹。周囲にコンビニもない大自然が売り、ということで露天風呂も備えた大浴場に木の香り立ち込めるいい宿でした。特にコテージに泊まったMさんファミリーは満足度高かったのではないでしょうか。

僕自身は入部18年目にしてこの駅伝への県外遠征は初めてというくらいですが、県庁所在地で開催するのが会場も宿手配も楽であろうに、こうしてなかなか得難いロケーションを用意してくれた幹事県徳島のホストぶりにこの時点で既に充分、感動させられていました。

吉本芸人と阿波踊り

一度、入浴してから懇親会場へ。バスで移動させられたのは、当初宿泊予定だった油屋美馬館にあぶれたためのようでした。今度行くときはこちらに泊まりたいですが、懇親会場がまた壮観でした。200人? 250人? こんな大人数の宴会は、熊本県で町人総出の出席が慣例になるような学生時代友人の田舎の披露宴以来でした。

開会挨拶に(県職員OBというせいもあったようですが)美馬市長までやって来ていたのにはびっくりしました。続いて、キャンパスボーイという吉本の若手芸人が登場して以後の進行を委ねられました。まだ売れていないコンビというものの、懇親会的には充分に面白かったですね。地理的に大阪に近いせいか、阿波踊りの地のせいでか、ここまでやってくれるのか! という幹事県徳島のノリのよさを痛感させられっぱなしでした。

怪獣でもスリラーでもなく、阿波踊り
怪獣でもスリラーでもなく、阿波踊り

とどめは阿波踊り。とんび連の踊りを鑑賞した後で最後は皆で総踊り(実際には多人数過ぎて、参加は数県)。

山口県は前列中央テーブルの席だったこともあり、最初について踊り、その下手さぶりが目立ったせいか、個人的に阿波踊り賞をいただけました。はるばる徳島まで出向いたのですから、「同じ阿呆なら踊らにゃ損損♪」。踊れて良かったです。

他県選手らとの親交も深め盛況裏に終了した懇親会後は、宿に戻って山口メンバーで二次会。予定していた優勝カップで祝杯をあげられなかったことが残念でしたが、先輩方らのアドバイスに耳を傾けることができて、得ることの非常に多い夜でした。僕は1次会から愉快に飲んでおり、2次会でも4缶空けるなど周囲に比べて少し酒量が多いような気がしていましたが、Aチームの若い3名が翌朝に備えて控えていたのだとは知る由もありませんでした。

倒れるように寝込み、5時半にT君に起こされると、二日酔いな上、小雨まで降っているのに膝を痛めている部長以外、既に全員、ホテル玄関でスタンバイしていました。ここでもS君の用意してくれた早朝ジョグコースにしたがい、S君と僕とを境界に若い選手は17km、エルダーは12kmを走行。S主将のコメント、T選手の寄稿にもあるとおり、若手3名は後半相当にペースアップしたようです(ちなみに後半は上り坂となります)。

うだつと藍とうどんと

朝食後にM家と別れてから、男性陣一行は旧美馬郡脇町の「うだつの里」(うだつの街並み)観光へ。「うだつ(梲、室町以降は卯建・宇立)」とは、火事の際の類焼を防ぐため屋根の両端に作られた防火壁のことです。江戸時代当時の豪商たちが「うだつ」をあげた立派な家を競って建てたことから、「うだつが上がる、上がらない」という故事が生まれたとのことです。一向に出世できず「うだつの上がらない」自分にはグサリとくる町ですが、それははさておき、なるほど、通りに面して並ぶ旧家の立派なうだつを見ていると、陸上部も競い合ってうだつを上げてゆかねばと決意を固くさせられました。

個人的には、土産店の店先に植えられていた藍にも目を引かれました。徳島(阿波藩)が藍を特産としたこと、脇町は藍の集散地として吉野川を利用し徳島へ運ぶことで栄えたことからうだつの競える豪商が生まれたということです。ここでも「青は藍より出でて藍より青し」という、弟子が師匠の学識や技量を越えることのたとえがあるように、陸上部の部員もすべからく諸先輩に教えを請い、そして追い越してゆくべきであると教えられているような、本当に意味深な旅行となりました。

考え過ぎなところで脳への炭水化物補給にうどん巡りへ向かいます。

ここでも実は香川生まれというSプランにより三軒のうどん店を訪れました。最初はうどん巡りジョグとかいう珍案もあったのですが、山道を数十キロ離れていたりカメラ忘れて引き戻したり、で実現しなくて良かったです。

最初に訪れた地はカーナビもキャッチしないという山の中にある店、というよりただの民家「三嶋製麺所」。旨かったですね。三軒巡るから最初から腹一杯食べないように、とのお触れが出ていたのですが、結局、ここが一番、美味しくてここで温・冷ともに「小」なんて遠慮せずに喰いつきたかったです。うどんDNAの流れるS君同様、僕は直感が働いてここで打ち立て生麺を買って帰り正解でした。なんでも帰ってから教えられたのは映画「UDON」の冒頭に出てくるお店だそうです。

村上春樹の紀行エッセイ『辺境・近境』にも「讃岐・超ディープうどん紀行」という一節があって、その中でやはり鄙びた山奥の店を訪ねる様が描かれていたので、僕もこんな機会でもなければ絶対に来れないだろう山奥の民家でディープなうどんを食することができたのは非常に幸運でした。

そんなこんなを堪能して帰り道には青空も広がり爽快な気持ちで山口に帰り着きました。

うだつの上がるいい男連
うだつの上がるいい男連

レースでは、監督のコメントにあるとおり来年は一般・女子・OBの3部門完全制覇して三冠だ、という目標が叫ばれているところですが、個人的には今回の旅行も開催地のロケーション・懇親会・2日目の観光&うどん巡り、と存分に三冠の楽しみを満喫できました。

来年は岡山で開催されます。ライバル高知県の選手に「来年も来てくれますか」といわれ、ついノリで「勝つまで参加しましょう」と請け負ってしまいましたので、早いところ義務感から解放されたいです。



 

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