福岡と東京で3年を経ての縁

続くご縁

これまでに新聞社やTV局の方に何度か取材を受ける光栄な機会を受けてきた。

これもひとつの縁であり、もちろん自分には特別なことなのでご相手していただけた方のことはたいていすべて、どこでお会いしてどんな話をしたかなど、初めてお会いしたときの印象からよく覚えている。全国紙の方はすぐに転勤があるのだけれど、郷土紙や地元局の方とはその後も何度も会ったりと、取材を離れてのおつきあいをさせていただいている場合もいる。

今回の東京での「桜を見る会」、朝日新聞の土曜夕刊に載った画像を見て「おぉ!」とこれまたご縁を感じさせられたのがカメラマンのお名前。2006年の福岡国際マラソンで当時、聴覚障害者として初めて2時間30分の壁を破り、国内新記録を更新したときのゴール写真を撮っていただけた方なのだ。

当時は全選手にゴール写真(や途中の走っている写真)が大会側からサービスされるという、とても粋で素敵な計らいがなされていた。

なので、カメラマンの方も決して僕と知って狙い撮りしたわけではない、偶然、撮った写真が僕であり聴覚障害者新記録であったわけだ。当時、取材を受けた朝日の山口総局記者さんが調べてくれてカメラマンのお名前が分かり、それが記者さんとも非常に懇意だということをおうかがいしたエピソードがある。それで僕自身はお会いしたことのないカメラマンの方の名前をこうして今なお覚えているわけだけれど、「記者さんにいい縁なら、それは自分にも非常に嬉しい」と当時、感じたこともよく覚えている。

縁が縁を生む

3年と4ヶ月を経て今度は東京で撮影された鳩山首相と招待客の整列写真の中に僕(と妻)が映っているとはこれまた偶然にして面白い縁。非常に嬉しかったので、今は熊本に転勤されている当時の記者さんにも久しぶりにご連絡した。

2006年12月当時の、記事の最後は

聴覚障害のあるアスリートが集う国際総合競技大会、デフリンピック。豪・メルボルンであった05年大会は5位だった。台北である次回09年大会ではメダルを狙おうと思い始めている。

と締めていただいた。夢に終わらせずに果たせて良かった。今回の招待はメダル獲得によるものであったわけで、それを思うと記者さん、カメラマンさん、そして僕、と三者がそうと知らないままに縁をつなげていた、橋渡しされていた、といったら言い過ぎだろうか。


2006年12月の記事
3年を経て同じカメラマン
2006年12月の記事

 

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