治療、陸上 あの日に帰りたい

昨日午後は部主催の県庁陸上大会。

できる部員なら早朝にトレーニングを終えておくが、土曜の僕はまず治療。2年前のちょうどこの時は、腰への雷撃で仕事を一週間、休んで臥していた日々。防府で診てもらったその整形外科に縁あって(?)、今はアキレス腱の治療を継続。11時半集合に間に合うよう、わずか10分治療のために往復約90分を急いだ。

アキレス腱は40代になってから急に弱くなった部位。前触れ無く痛みが出て無理をすると即、登録抹消。40歳以降、ほぼ毎年のように1~数ヶ月の戦線離脱を余儀なくされている、数ヶ月で済んでいるのはまだいい方だろうということが自覚できる、一番の急所。

もう一つの持病であり継続治療中が坐骨神経痛。こちらは37歳に悪魔の部屋に誘われてから抜け出せず、今はこの2つをメインの持病に抱えての競技。

坐骨の方はアキレス腱に比べると全く走れない、というものではなくて、最重症までゆかない程度であれば走るには走れる。傍目には問題なく走れているように見えても、神経痛というとおりに、一時的に麻痺させて走っているようなもの。走り終わった後は一転、脂汗が出るくらいの痛みが残る。いっとき良好な状態であっても、悪魔の眠りを揺り起こしてしまったが最後、激痛とその緩解と、を繰り返す日々。

昨日は10000mリレー(400m×25人周)のみ出走。最近は膝までシビレが出るように悪化しつつあるので3周(3本)ほどの分担を、無理せずほどほどに走るつもりだったが、そこはリレーという雰囲気が許さず、バトンが麻酔になってやはり、リキ入り。1周目で足が痙攣しかけつつ予想よりかはまあ走れた方。

それでも、最近、スピード系の方に弱くなっていると前に書いたとおり、たった400m×3本でも、見事に強い鈍痛のお土産。この緩解にまた数日~一週間かかるかな、という様子。やれやれ。

つくづく思う ── 発症するまで、まさかこんな年寄りくさい名前のものを抱えるとは思わなかった坐骨神経痛とも、30代までほとんど意識することのなかったアキレス腱痛とも無縁に走れていた、遠いあの日に帰りたいものだ。

炎天下の競技場
炎天下の午後

 

  Related Entries


Message

メールアドレスが公開されることはありません。