故障中の神社・仏閣めぐり

坐骨神経痛

玄答院
放光山 玄答院

3月の日本海マラソンで左臀部に強い痛みが出た後、左膝にも発症した。臀部の痛みは筋肉痛、膝は腸脛靱帯炎くらいかと思っていたのだが違うらしい。その後、ずっと痛みが引かず、どうもこの症状は坐骨神経痛なるものであることに、1ヶ月前、ようやく気付くに至った。

「坐骨神経痛(ざこつしんけいつう)」──。以前からきいてはいたが、どこがどう痛むのか、どんなものか全く知らずにいた。症状であり、病名ではない。原因には腰椎椎間板ヘルニアや梨状筋症候群等が挙げられる。簡単に言うと、名前が示すとおり「神経」の痛み。これまで、故障といったら「筋肉」か「骨」かでしか分けて考えていなかった僕にとって、また、腰や膝の痛みなど、どちらかというと無縁な方と思っていただけに意外な、嬉しくない初めての経験である。腰から出て足先に向かう神経が、圧迫や絞扼(こうやく)を受けることで痛みを感じる。

最初の診察を受けた整形外科で、膝の痛みが「腸脛靱帯炎とは違う。難しい感じ」といわれたのが今ではうなずける。僕も臀部の筋肉痛をかばうから膝の骨に痛みが出る(あるいはその逆)とばかり思っていたのだが、そうではなく、根本的には、坐骨神経のいたずらが臀部や膝、下肢に出やすいから。局所的に痛いというより、膝周囲部が全体的に腫れ上がるような感じである。足首周辺がむくんだ時もあった。膝の痛みは関節や周囲の筋肉に原因があることに加えて、神経から出てくるものなのだと思えば納得できる。

治療の難しい病状

白馬も骨休め
白馬も骨休め

臀部の痛みは椅子に座って体重がかかるとズキズキする痛み。歩くとき、走るときにも感じる。腰から足先にわたって最も太く長い神経というだけあって、臀部からハムストリングス、膝、足先にかけての広域に影響が及ぶ。筋肉が硬くなり、前屈ができない。膝は時にチリリと鋭い痛みが走るときもあるが、大体は、全体的に腫れている鈍いシビレのような痛み。それでも、ヘルニアはまだ免れている、梨状筋症候群によるものである僕の症状はまだ軽症の方だと思う。痛くて夜も眠れない、仕事にも行けないほどの患者も多いようだ。

僕は二つの整形外科を受診して、ともにレントゲンで異常のないことを確認したのだが、どうもこの「坐骨神経痛」は整形外科も苦手とする厄介なテリトリーなのか、代わって、民間治療の鍼や灸、マッサージ、整体、カイロ・・・といった分野がカバーしているようであることを知った。とにかくしつこい痛みに耐えきれず、やがて僕も鍼治療を受けたり、整体やマッサージも受けるようになった。

先月、上京中にネットでふと知った鍼灸院を訪れたのを皮切りに(*)、アドバイスを受けて広島に向かったり、福岡を訪れたりと、今、あちこち駆けずり回っている。最近は滅多になくなった上京のチャンスに、流行のファッションや文化や食や遊びや・・・を経験してみようとするのではなく、また、休日、一日かけて、あるいは年休までとってのドライブの目的地が鍼治療だなんて、情けないやら恥ずかしいやら・・・。

*「皮切り」・・・何でも語源は「最初に一つ据える灸の意」


それでも効果が出れば救われるが、なかなか、はっきりとは改善しない。多くの人を悩ませている、治療方法が幾種類もあるように、一度、発症してしまうと完治の難しい病状というのを身をもって知らされる。初めて訪れた整体で「明日は整形外科、その次は鍼・・・と方法を変えたらダメですよ」といわれて、「え、何で分かるの?」とその日も実は3日連続で場所を変えていた自分の行動を言い当てられてしまった。僕だけでなく、きっと他の患者もそうなのだろう。

手当たり次第に病院その他を目指すこの行動、「そういえば似てるなあ」と思ったのは、11年前、僕の耳がいよいよ全くきこえなくなってしまったときのこと。そのときも福岡に行ったり、病院をあきらめた後は宗教的、祈祷的な場所を訪れたりもした。毎日、音が割れていった、朝、起きると、昨日、聞こえていた音域がひとつずつ消えていた、朝、目覚めたくなかった恐怖の日々であった。藁をもすがろうと、真っ青な顔、真っ暗な心で、色んな治療を試してみた。今思うと、3週間の入院治療中も病院を抜け出して職場に向かったり、完全失聴当日も翌日も、人生に絶望して自殺を考えない人はいない事実なのだが、仕事を休むわけでも辞めるでもなく、一見、平然と(見た目では変わらないところがまさに聴覚障害の理解されにくいところ)出勤していた自分が信じられない。それに比べると、ちょっと走れないくらいのこの痛みは何でもないと思わねば・・・。でも、今は今でやはり、つらい(^^;)

足王神社

足王神社
足王神社

話が逸れたが、医術でダメなら、と祈りに向かう。苦しいときの神頼み。だから、ではないのだが、今回のタイトルである。

僕の住むアパートは下恋路という地区にある。大変ロマンチックな地名なのは、昔、山口を治めた大内氏のお殿様が狩りの帰りにこの地の美人に一目惚れしたという伝説が残っているかららしい。その名前にはちょっと似つかわしくないが、僕のアパートから南東に1kmちょっと先、下恋路から中恋路地区にかかるあたりに「足王様」なる神社があって、今、ここにによく通っている。

神社といってもそう立派なものではない。小さな造りである。海に浮かぶ小島のように、田んぼの中に突如として建っている。

思うように走れない今、リハビリとせめてものトレーニングを兼ねて、職場へ徒歩通勤したり、また、帰宅後や休日にできるだけ歩くようにしている。けれども、ランナーにとっては、走るより歩くことの方がしんどい。走れば10分で済む距離を20分かけて歩くのはあまり、気の進むものではない。ただ歩くだけでなく、せめて、何か目的があるといい。そのとき、ちょうどいい距離に足王神社がある。この他にも、お寺や神社はここかしこにあるのが日本のいいところ。お百度参りとまではゆかないが、神社・仏閣巡りがウォーキングにうってつけなのである。

足王様は小さな神社ゆえ、有名ではないが、地元の人は同じように散歩がてらに訪れている。「特に足の病気に霊験あらたか」とされているから、故障に悩むランナーで、もし、最後の手段と考えている人には訪れてみる価値はあるかもしれない。僕も、こんなときだけ御利益をねだるのも調子が良過すぎると分かっているが、やはり、この世は人知を超えたものがあって、(病気でなくとも)神や仏にすがる気持ちは肯定し、支持する方である。


清水寺への石段
清水寺〜山口盆地最古というだけに石段にも貫禄

もう一つ、ついでに下恋路には「清水寺」という、鎌倉時代に建立の、市内で一番古い、こちらは結構、有名で由緒のあるお寺がある。僕がこのお寺を知ったのは、「本家」? 京都の清水寺境内の一角に「全国の清水寺」なる立て看板マップを見てからなのだが、こちらは「きよみずでら」でなく、「せいすいじ」と読む。名前の通り、きれいな水の落ちる滝も近くにあるのが有名らしい。足王様とも1kmない距離にあり、併せて参詣の価値はある(ただし、こちらは山の中腹にあるので本殿までの石段は結構、きつい)。


・・・と、ケガをして信仰深くなったかどうか、今日、訪れたお寺にも「手を合わす心に宿る人の道」という石碑があった。手を合わせ、足の回復を祈っている日々である。


 

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