2009年9月アーカイブ

燃え尽きた

user-pic


燃え尽きた羊
連休後半は福島で全国ろうあ者体育大会。

デフリンピック出場関係者も陸上チームから監督、コーチ、選手・・・等、また他競技選手が出場報告も兼ねて参加していたよう。多忙なスケジュールが続く皆さん、おつかれさまです。さすがにマラソン選手4名は地元のMさんが顔を出すとのこと以外、出場無し。

冬のマラソンなら1週間後の5km、10km程度ならよくあるケースだけれど、今も決して走れなくはないけれど気力が・・・。

身体はもう疲れも取れてきているはずが、この連休は気力に欠けてぼうっと休んでいた。燃え尽きた・・・のか。少し立て直してから出場記もちゃんと残しておきたい。

連休疲労

user-pic

20090921-03.jpg福岡の次に防府へ、墓参りも兼ねて。

山口~福岡~防府と、ちょっと移動しただけで特に何もしていないのだけれど、連日ぐったり。やはり普通のマラソンと違って、真夏に近い台北で走った疲労が身体の芯に居座っているような感じ。

画像は姪がクッキーで祝福してくれた「3い」。

給水の失敗、こぼれ話

user-pic

数キロ行かずに汗で身体はびっしょりになった。

晴れでも雨でも曇りでも、風が吹いても吹かなくても、とにかく異様な蒸し暑さは変わらなかった。当日の天気がどうなるか、多少は気にしていたが、さほどの関心はなかった。というのも、どう転んでも蒸し暑くなることだけは、現地入りしてみてはっきりと分かっていたから。

朝でも夜でも、外に出れば立っているだけで汗がまとわりついてくる国だった。建物の中はどこも過剰過ぎるほどの冷房をきかせていた。地元開催でも男女ともにマラソン選手がいなかったように、町の中を走るという文化はまだなさそうだった。地元の人にマラソンを走るといったらたびたび驚かれた。

スペシャルドリンクの給水テーブルは最初、国別に分けられるとのことだった。ついで男女別にも分けられるとのことだったが、そうなっていなかった。日本チームの勘違いだったのかもしれない。男女別、国別なら女子は何も考えないでいい。男子は3人の区別がつけばいい。

スペシャルは僕と女子は現地入りしてからペットボトルでつくった。ちなみに楽屋オチならぬこぼれ話になってしまうのだが、せっせと空きペットボトルをためて部屋のテーブルの上に置いていたら、ルームクリーニングで見事に捨てられてしまった・・・。

男子2人は日本から持参してきた。マスタードやケチャップ等に使う、よくある調味料ケースで飲みやすいタイプ。二人のが似ているから、自動的に僕のは分かるはずだった。

ところが、そうなっていなかったから、5kmの給水地点に近付いて不意を突かれた。頭の中にある男子2人の容器を最初に見つけて、その次に目に入ったものをつかんだら、それは女子のボトルだった。

すぐに気付いて手を放し、路上に落とした。振り返りざま「間違い!」と叫びつつ手話で伝えたのだが、手話の違う上、必ずしも役員(地元の学生ボランティアら)が手話が分かるわけではなかったから、意味が分かってくれたかどうか──。心配になりつつ、心の中で女子選手に詫びつつ進んだ。レース後に確認したら、分かってくれたようで、テーブルに戻しておいてもらえたようでよかった。

ついでにこのとき初めて後ろを振り返ったので、後続と少し距離があり、もう後ろも集団でないことを知った。

異常なほどの蒸し暑さの中のレースであるから、給水のミスは命取りになる(=比喩ではなく、間違いなく簡単に脱水状態になる)。次の7.5kmのスポンジまでが長かったこと。1kmごとの距離表示がない分、分かるのは5kmごとの給水ポイント、及びその中間のスポンジ箇所。夜の打ち上げでも話題になったが、横に海が広がるほぼ真っ直ぐなコースの、ほとんど集団もばらけての走りであるから2.5kmの距離さえ非常に長く感じられたことといったらなかった。

以後の給水地点では少し減速してでも慎重に確実につかんだ。「おぉ〜、生き返るぜ」と走りながら独り言ちしていた。

スポンジはすぐには捨てずに、しばらく持って走った。顔、首、腕、足・・・と汗をぬぐいつつ水を掛け、最後の一滴まで絞りつくした。

これまた夜の笑い話になったが、折返してから後半のスポンジが含んでいたのは、もう水ではなく熱いお湯になってしまっていた。

次は福岡へ

user-pic

デフリンピック男子マラソン勢3人は次は福岡国際でまた会うことになっているのだけれど、一足先に僕は今日、福岡へ。本当は2、3ヶ月に一度は一緒に妻の実家へ帰ってやりたいのだけれど、昨年の暮れ以来9ヶ月ぶり。

市内は再来週のシティマラソン福岡開催に伴う交通規制の看板が掲げられていた。そのルートコースをまさしくそのとおりになぞって向かった先は発着点のヤフードーム。

バスや地下鉄から歩いて向かう今日のゾロ人出は、メガホンを持ちお気に入り選手のユニフォームを着たホークスファンでなく、上下ジャージとリュックで向かうランナーでもなく、女女女女女女・・・。

そう、今日は妻にとっても主人より大切な嵐のコンサート日であった。

スーツケースいっぱいの想い出

user-pic

20090917-01.jpg行きがけ、スーツケースのコロ(キャスター)がひとつ壊れかけているのに気付く。

特に帰り道、背中にリュック、両手にお土産、肩に重たいパソコンを抱えながら30kg超になったスーツケースが押しにくくて難儀させられたこと・・・。

次はもうムリだなあ、と思いつつ、明日は月イチの不燃ゴミ回収日、のおまけに地区の当番として立つ日。

昨日の今日で捨ててしまうというのも何だか薄情なようにも思えるのだけれど、ちょうど5年前の前回メルボルン大会を前にして買ったスーツケース、2大会分+その間の欧州旅行や人に貸したり、もあって充分活躍してくれたので、感謝しつつお別れしてしまおうと思う。

今時、貼る人の少ないステッカーも結構、気に入ってたんだけど、スーツケースいっぱいに詰め込んだ、いや、締め切れなかったくらいの想い出を持ち帰ったことにして──

帰国

user-pic

20090916-03.jpg夕方関空に到着して、深夜、山口に無事、帰ってきました。

帰ってきたときの日本の寒さは、向こう(台湾)に行ったときの暑さと同じように予想どおりでした。

明日(今日)から仕事その他、普段の生活に戻り、おいおい内容を追記してゆこうと思います。

宴の終わり

user-pic

20090915-24.jpg昼、日本選手団の解団式。夕方、大会閉会式。

特にマラソン組は遅れての現地入りで開会式に出ていないことに加え、「離れ」での滞在で大会の雰囲気を今ひとつ感じられずにいたから余計に初めての感動を強く味わう。

台北でのデフリンピックに対する熱烈歓迎ぶりを3日前に記したけれど、あれは翡翠彎(台北市でなく台北縣)でのことであって、こちら(台北市)に来てみると生活の中に入り込んでいるデフリンピックへのホストぶりはあの時に記した数倍以上の内容がある。

閉会式も素晴らしく立派な大会。これまでの大会と比べてどうこうというレベルをはるかに超えて、今後将来、この内容を越えることは難しいだろうくらいの演出に興奮させられた。

レース当日まではやや侘びしく、そしてレース後の余韻をゆっくりと味わう間もなく宴も終了。経験あるマラソンメンバーにとっては「本当にあっという間」の数日間、もう少しこの大会を、この国を味わってから帰りたい思いが強い。

まあでも短かったからこそというか、名残惜しさの度合いが旅の感慨の深さに比例するというか。

デフリンピックの運営を支えた台湾(台北)という国あげての熱心で誠実で懸命な国民性に触れた、知ることのできたことが自分の競技成績以上に大きいものを胸に残してくれた。忘れられない思い出になると思う。

台北デフリンピック幕を閉じる : 第21回夏季デフリンピック台北2009 日本選手団ウェブサイト

青空の下、スタート

user-pic

20090914-34.jpg近付いていた台風の影響でこの日の気温は低く、少し涼しくなるかと思わせた期待を裏切り、きれいな青空が広がった。

スタートライン前方に陣取る応援の陸上チームからは選手一人一人の名前や似顔絵までもが掲げられた(翌朝の新聞にも掲載された)。国旗や色紙にメッセージを寄せてくれたりと本当に形ある、心のこもった応援を示してくれるのが日本。

号砲後、やや間をおいてケニアの選手他アフリカ勢がすぐに抜け出す。1km手前で長さ1km超のトンネルに入るまではしばらく第2集団を形成していたが、トンネルを抜ける頃には南アフリカ2名、フランス、スペインの選手計4名がペースアップして離れていった。

トンネルを抜けてから3km前後で自然に抜け出す感じで僕も集団から離れた。1kmごとの距離表示がなく、どんなペースで走っているのか分からないが、たとえ時間や距離の分からない中でも普段から一定のペースで走る自信は持っている。一人旅はいつものことで集団に身を置くつもりは最初からない、自分の感覚だけを信じる。

ただ第2集団のペースは相当に速く、これも一気に離されてしまった。後ろも当然、付いてきていると思ったが、しばらくするもその気配はないようだった。以後、一人で走り抜くことになった。

スタート前

user-pic

20090914-26.JPG前夜7時半に就寝して14日当日は2時半、マラソンコーチに身体を揺すぶられて目覚めた。よく眠れたようだ。

前夜のマイルリレーが終わってから翡翠彎ホテルに駆けつけてくれた監督、トレーナー、調理担当スタッフらが夜を徹して作ってくれたおにぎり、味噌汁で朝食。

最後にスペシャルドリンクを容器に移し替えてホテルを後にする。滞在中、部屋の前にずっと張り付いて僕らの行動を監視、警護してくれた台湾警察官らともお別れ。「ご苦労様でした&行ってきます」の気持ちで敬礼。

台北市からバスで乗り込んできた他国選手、また応援に駆けつけてくれた陸上チームらの控えている中、朝5時過ぎ、まだ暗い中でももう既に熱気のうずまいているスタート地点に身を置く。

最終コール、簡単なアップと慌ただしく済ませ、明るくなった頃、レースシューズに履き替え。軽く流してみると非常に身体が軽い。5千か1万mのレースなら好記録が出そうなほどにバネがきいている。マラソンのスタート前に身体が軽いのはまずいが、重たいよりかはよいことだとする。この日のために体調を合わせてきた。調整、ピーキングははほぼうまくいったのだから。

スタートラインに並ぶ前、日本選手団4名で健闘を誓い合い、カメラに収まる。駅伝の生まれた国柄、どの国よりも日本チームの結束は固い。そして見守ってくれる応援団も一番、多い。

ひと安堵

user-pic

20090914-08.jpg折返し過ぎまで1~5位がアフリカ勢の強烈な布陣の中、頑張って走り抜いたご褒美が銅メダルに結び付いて嬉しい。

日本男子選手も4、5位と続いた。女子は2大会連続で銀メダル。

日本からたくさんのお祝いメール、ありがとうございました。役目を果たせてほっとしてます。

これから陸上チーム6人でやっと台北市をちょっとショッピングして夜は飲み明かす予定。帰って意識あればまた更新できるかな。

いよいよ明日

user-pic

20090913-06.jpg台風が少し台湾島南沖に接近したようで朝から曇り、後、雨。それでも走ると汗は噴き出る。晴れでも曇りでも雨でも、どうしても湿度は高く涼しいという感じにはならない。

今日は午前中に軽く走って後はスペシャルドリンクの用意、レース前にスーツケースを預けられるよう荷物の準備をしたら夕食を食べて寝るだけ。このホテルも今夜が最後。

ビーチにいると風はあらゆる方向から吹きつけてくる、暑さがどの程度になるのか、その他諸々の条件も予想できないのでレース展開は想定しにくい。これまでやって来たことが出るだけと腹をくくる。

まずは代表としてスタートラインに立てることの喜びをかみしめ、ここまでやってこれた周囲の協力と応援に感謝して力を出し切りたい。

熱烈歓迎

user-pic

20090912-13.JPGデフリンピックに対するここ台湾の熱烈な理解、支援、歓迎ぶりに感心する日々。

町中に横断幕や旗があふれているのはメルボルンと同じだが、連日のマスメディアの紹介も盛ん。TVニュースでは台湾勢の活躍が必ず報告され、他のニュースの放送時でさえ画面上部のテロップで速報が流される。

Liveではないものの、毎日2時間の放映枠が日中、夜間にいくつか用意されていて、そこでは日本陸上チームの活躍も見ることができた。

ここにいると同じ陸上チームの情報にさえ疎く、「今夜は++の種目と**の決勝だよなぁ」とか思いをはせながらマラソン組6人も近付くレースの日までを過ごしている。

あれ!?

user-pic

2日目にホテルを移動してからダイヤルアップ接続を試みるもダメ。

でもPCで打ち込んだデータを携帯に移しかえて携帯からは投稿していた、送信できていたはずが昨夜、無線LANのできるPCを持ってるコーチから借りてサイトを見てみると更新されていない(>_<)

どうも携帯の送信に時間がかかって容量の大きいメールがうまくつながらないのか・・・。

とりあえず今、自分のPCから接続方法をひとつ見つけた! のであとでまとめて更新してみます。


・・・・と更新してみたら、全部、まとめて出てきた!
どうも投稿はできていたけれど、MTの方の再構築がよっこらっしょ! と動かなかったのか。

どっちにしてもこのホテルの最後の日にネット接続の確保が分かるなんて、これまたバンクーバーの時と同じだ・・・。でも最後でも気付けたのも嬉しい。なんか最後に逆転、の気分だ。

一応、これまでの記事は右サイドバーの月別アーカイブで9月を選んでもらえれば見れます。
つながってしまえば後はお手の物。トップページに投稿画像も表示させるように設定を変えてみました。

台北市内へ買い出し

user-pic

午前中、昨夜に合流したマラソン女子とコーチを含む6人がタクシーでコース下見。アップダウンの具合をバスの2階席で見るよりだいぶよくつかむことができた。

そのまま台北市内へ。

十種競技で陸上チーム選手の棒高跳びを応援。今大会で僕も初めてスタジアムに入った。普通、競技場(スタジアム)というのは敷地の広さや駐車場の市街地から離れたところにあるものだが、大規模で非常に立派な競技場が500万都市の市街地の真ん中にあるというのがまたすごい。初めての競技場入りだが、まだ降り立っていない、トラックに脚を踏み入れてはいない。欲を言うなら5千でも1万でもついでに走ってみたかった。

昼食は台北名物の101タワーで。地下にフリー座席を取り囲む沢山の飲食店があって、この半分、いや5分の1でも翡翠彎にあってほしかったと思う。カツ丼より高い親子丼を頼んだらすこぶる美味しい。ここに来て一番、おいしかった。豚肉より高いように鶏が重宝されている地域柄なのか、こんなに美味しいチキンを食べたのは初めてといっても過言でないくらいにジューシーな味だった。

Market Place で今日明日の食材を調達して帰ったが、デパ地下のように質良く夕食の弁当も非常に美味しかった。

今日も好天の一日。台北市内と翡翠彎とでは天候状態も少し違うようで、台北は太陽光線の強い暑さ、ここ(ベイ)は昨日の強風から一転、今日は風が弱い分、異常な蒸し暑さで汗の出が半端でなかった。夕方、海岸沿いをジョグするとここ数日に比べて十倍くらいの人や車の数。土曜の夜だからかな、夜店のような感じの明かりも灯って普段は閑古鳥だった飲食店も賑わっていた。夜、海辺で花火が打ち上がり、何かちょっとしたお祭りのようだった。

滞在ホテルの悲運

user-pic

大会後に書く気になるかどうか分からないので先に。

今回、陸上チーム中のマラソン組とビーチバレーは市内中心部ホテルとは別に、バレーの競技会場、マラソンには発着会場となる翡翠彎ホテルに滞在している(他に水泳も別ホテル)。当然、事務局の配慮してくれたこと。前回メルボルン大会時もマラソンチームはレース前夜だけでも当地ホテルに泊まらないかという案もあった(結局、荷物移動の手間も考えて止めた)。

大会を重ねるごとに日本チームも一連の行動についてノウハウが蓄積されてゆくというか、前回と比べてもだいぶ良くなっている。ホテルも事前に事務局が現地入りして下見し、食事の内容、周囲の店の状況、ネット接続の可否・・・迄、資料にして配られた。

前回大会時、僕もブログに記した。ホテルの朝食の最低限のものでしかなかったこと、それが力の出せなかった一因でもあること(は皆も思い、口にしたに違いない)、また個人的にはネット接続に苦労したこと等・・・。それを見てもらえたのかどうか、随分と配慮されているなと感じた。フラートンホテルを見る限りでも今回参加選手はだいぶ幸せである。

マラソン組が選手団とは遅れて(直前まで日本で調整して)現地入りすること、別ホテルにしてくれたこともそうなのだが、結果的には今回はあだとなった、台北市内の一緒のホテルでも充分、良かったかもしれない。事前下見で「店が少ない」「みそ汁が少し不味かった」とあっても、ネットで見る限り、結構な一流リゾートホテルのはずが、だいぶひどいことは分からなかった。こればかりは来てみないと気付きようがない。

店がないから食事の場所が変えられない。ホテルもレストランもフラートンと比べるとだいぶ落ちる。唯一、近くにあるセブン=イレブンは当然、ホテルの滞在客は近辺の住民が寄るから弁当類からなくなる。おまけに昼と夕方に見た商品棚が同じままだったり、と、どうも市(都会)の店と違って補充(配給)もあまり無いようである。弁当類を買いにゆくのもあるかどうかは運任せ、といった具合。

メルボルンの時は車で2時間と遠かったが、今回は50分程度。大会バスもあるし、元々、日本からすれば物価の安い国であるからタクシーも数千円でおさまる(人数案分すればかなり安い)。マラソンに限っては大会前夜だけ、あるいは当日の朝出発でもほとんど問題はなかったろうと思う。

日本以外でこのホテルに泊まっている国もない(苦)。連日、朝から試合のあるビーチバレーでさえ各国は台北市内から通っているようだ。

まあ市内の喧噪を離れ、選手団の一挙一動の情報から隔離されて変に興奮したり動揺したりしないで済む、競技に集中することができる──ならば、それでいいのだが。食事にはかなり頭を使う。

昨日まで僕も毎日でも台北市内に出向き、夕食を済ませて帰ろうと思っていたが、フラートンホテルへの立ち入りも禁止され、やはりバスでの移動疲れも考えると行く気は失せた。まあそれでも前回に比べると、体調はまだ大丈夫。多少のことでは動じないくらいの準備はしてきているつもりだ。

レストDay

user-pic

曇り(後に、この地域だけはどうやら雨が降ったよう)だった昨日とうってかわって今日は朝から雲一つ無い、旅行客、観光客にはうってつけの晴天。

ここはどうも結婚式(の特に撮影)に向く地のようで十字架やらそれらしいセットも用意されている。ちょっと道路を走った先には「婚紗景點」(Wedding photo spot) とわざわざ標識まで出ている場所もあって、一日中、何組もがモデル撮影なのかあるいは結婚前の二人が写真だけここで済ませているのか、でポーズをとっていた。

(注)「婚紗」は読んで字の如くウェディング・ドレス、ということを後から気付いた。確かにカップルでなく女性だけというのも多かったのでうなずける。でもどうしてここが向いている地なのか、ゆえんはまだ分からない。

マラソン組の中で夜到着(&送迎無し)なのは僕のみ。一人、重いスーツケースを抱えてタクシーやらバスやらを乗り換えたりしてきた。到着以来の移動続きと下見などで慌ただしかったので今日はレスト。

昨日、合流した3人が逆に今日は市内に出向いて練習したり競技を見たりするという中、僕は部屋でゆっくり。PCに打ち込むだけは打ち込んでいた内容をまとめてブログ更新。

走るには暴風でも部屋にいるだけなら涼しい海風に打たれながら身体を休めた。

好天の一日

user-pic

レース当日の朝6時スタートに身体を合わせるべく、徐々に早起き(特に遅い朝の僕にとっては慣れていない)。普段から早起きのMさんにつられて目覚めると、海の向こうにきれいな朝陽がでたところだった。やっとビーチホテルらしい趣。

朝食前に4人で散歩と軽いジョグ・・・だけでも暑いこと。すぐに汗ばんでくる。レース当日はまだ10kmも走っていない頃だなあ、と冷や汗だか脂汗だかまで。4人だと朝食も美味しくゆっくり長く。早朝に身体を動かすランナーは朝食もしっかりと。

マラソン組と合流

user-pic

再び競技場に戻ってアリー(競技場横の主会場)へ。ここで、成田から出発して今日、到着したマラソン男子2人とコーチら3人と合流。このおかげがあったから、だいぶ気持ちも晴れた。

彼らも日本選手団はおろか陸上チームとも顔を合わせられずに翡翠彎のビーチホテルへ直行。ここがいかに何もなくて侘びしいところかを車内で僕もも力説したが百聞は一見に如かず、で彼らも到着してすぐに了解したようだった。

まあでも4人いれば非常に楽しいもので話は尽きない。一人だと選べるのも限りがあるホテルレストラン(何しろホテル以外に食べられそうな店はない)でも4人なら中華のコースが注文できて安く美味しく賑やかに食べることができた。夕食後も他国のエントリ選手がどうこう、風や気温、湿度の天候コンディションがどうなるだろうか・・・と延々、話は続いた。

インフルエンザ流行

user-pic

練習後、歩いてフラートンホテルへ。下見時に監督にも話していた通り、ここがあんまり寂しい上、知りたい日本選手団の成績情報も全く入らないので毎日でも市内に出て来よう、練習後のシャワーとLAN接続も借りるつもりで向かっていたのだが──!

途中、メールあり僕に「立入禁止令」が発布された。

(まあ、僕だけではないのだが)どうもインフルエンザの発症者が出た(というのは到着日にきいていたのだが)後、感染者の増加を防ぐためのことらしい。

汗はまあ流れきった後は強い陽射しで乾いてくれたのだが、楽しみにしていたネット接続もできなくなって意気消沈。台北の中心で悲運を叫んだ──ではないが、落胆の底に沈んだ。そのためにわざわざこの重いPCを朝から抱えていたのに、泣く泣く踵を返すこととなった。

サブグランドで5000m走

user-pic

長い打合せが終わった後はホテルに戻らず、そのまま台北(市中心部)へ。昼に競技場着。ちょっと考えていたのより遅くなったが、即、サブグランドで練習。

闘士に火が灯ったわけではないが、ここ(翡翠彎)は海岸沿いの道というのがたいていそうなように、道はカーブが多く車の通過も歩道のない脇をかすめるように速く、で危険きわまりない(そもそも台湾という国自体、ランナーが道路を走るという文化があまりなさそう)。軽くジョグ程度ならともかく、きっちりとした練習には向かない。

元々こちらでちょっと数キロを速めのペースで走っておくつもりだったから暑いのは承知でサブグランドで5000m走を実施。

陸上の本試合は午前中と夕方から競技実施。昼の暑い時間に競技は行われないことになっている、そんな時間だからウォームアップする選手もいない、練習している選手もいない中(日本チームが少し僕の前に練習を終えていた)、一人でトラックを独占。何か山口にいるときと同じなんだが・・・。

短・中距離と投擲担当コーチの二人(聴者)が気を遣って見守ってくれた中、3分16秒のイーブンで16分20秒。これくらい暑いとノーアップでも身体はよく動く。マラソンのトレーニングをしていると5千mなんて短い距離はタイムを気にしなければ──きつくないといえば嘘になるけれど──いくらでも平気で走れる。

もちろん、これとマラソンとは全く別の、異次元の世界であるから、5千を練習で走れてもマラソンはさて・・・。

サブグランドの300mトラックをこんなに速く走ったのも初めて。400mに慣れているときついカーブの終盤で身体が第2レーンに流されかけてしまう感じ。

世界の友らとも再会

user-pic

前回メルボルン大会時に知った顔も大勢。うち、割と親しい選手も。前回大会時のブログでも記した、10000mで僕同様に順位がおかしいことを抗議してくれた、フィンランドの選手(僕が7位、彼が8位)。それから抗議された方の(周回数が足りずに後ほど失格になった)ウクライナの選手。彼とは閉会式や帰路の空港でも会って仲良くなっていたが、昨年のトルコの世界選手権でも僕のことを日本選手に尋ねてくれたのだという。

二人とはそれぞれ請われて記念撮影。フィンランドの選手は今回も同じくマラソンに出場。一方、ウクライナの彼はもうコーチの立場に変えたのだという。まあ本来僕もフィンランドの彼もそういう年齢でだからおじさん同士で通じるのだが。

他、覚えているのはロシアの選手。南アフリカ、ケニアのアフリカ勢もいたのだけれど、彼らとはレースでは最初から離されてしまったのと顔の区分がつきにくいのとで覚えていない。

ともかくまあ、再会を喜べた選手もいれば、相変わらず手強い国の選手もいる、また新しい顔もいる、でレースモードに火が灯った時間。

マラソンコース下見

user-pic

今日は陸上競技の試合のない日で、マラソンコースの下見バスが出た。各チームの監督、コーチに混じって僕もこのホテル(発着点)で合流してひととおり見てみる。

昨夕、近辺を走っておおよそつかめていたが海岸沿いで風が当然にある。朝早くから5〜7m/sくらいは吹いている。それに山がすぐそこに迫っている島であるからアップダウンもある。ひどい高低差というほどではないが、断続的にいくつもあってかなり脚に来そうなタフなコース。道路もきれいではなくところどころにでこぼこも。

市内(メーン会場)から大型バス4台が連なってきたのに驚く。ボランティアや通訳者も含んでいるとはいえ、明らかに各国ともマラソンへの関心が高いこと、日本だけでない、近年のマラソンブームというか力の注ぎぶりが分かる。

一方であきれたこと──車内でもそうだが、下見後に一同がバスを降りて路上でのテクニカル会議。主催者側の色んな説明があるのだが、各国からも色々と質問やら要望やらが続出してこれがまた長いこと・・・。質問はいちいちもっともで当然なのだが、最初の説明からパンフ(冊子)はおろか資料の一枚もなく、どうしてきちんとした資料(ペーパー)にして配布しないのかと思う。

質問する方もする方で、「まあ、もう大体でいいじゃないか」と僕なんかは思う。元々、マラソンは極めてシンプルな競技。「ヨーイ、ドン!」でスタートして帰ってくるだけの小難しいルールはない、それがいいんだから、もっと簡単に行こうぜと思う。質問、注文する監督(国)は決まっていて、結構、みんなうんざりしていた。

ビーチへ移動

user-pic

昨夜の投稿は到着日だけ市中心部のホテル泊ゆえLAN接続で何も考えずにつなげられたのだけれど、こちらの(マラソン会場近くの)ホテルからのダイヤルアップ接続はダメ。

やれやれ。日本からのテストでOKでもうまくゆかず・・・。

今日も一人でここに移動。ホテルのグレードといいうらびれた周辺といい、一気に辺境に来てしまった。寂しいので明日は街に戻りに出よう。

台北入り

user-pic

今回は遅れて一人での現地入り。選手団一同のでないから集合時の昂揚感なく淡々と、ちょっと行ってきますという感じ。

そういえば11回目の海外も一人でツアーに参加した(ボストンマラソン)ことはあっても全くの一人での出国というのは初めて。変に興奮しなくて済むのはいいけれど、選手が集まっていよいよだというあの独特の気持ちの高まりを味わえないのは残念というか。

機内は8割方が台湾の人といったところで、ちょっと大阪に遊びに行ってきたという感じかな。機内の(現地)新聞の一面で、また台湾の現地TVでもデフリンピックのこと──もちろん地元選手の活躍──を伝えていた。「おーい、ここに一人、日本の選手が乗っているよ」といっても、さして関心はないだろうけれど。

入国審査で「もう一つ書類持ってないか」というようなことを問われて足止めを食らっていると、別の空港職員がやってきて

「デフリンピックの選手か?」

と、「おぉ! こんなところまで手話の訓練が行き届いているんだね」ときれいな手の動きで尋ねてきて、そのまま特別にホストしてくれた。普段なら「きこえないのか、困ったヤツだな」というところが、今回はちょっとVIP待遇。

本当は台北第一歩の地として空港にも早速歓迎されているデフリンピック・ロゴなんかを写真に収めたかったのだけれど、そんな無駄を許されずにタクシー乗り場へ。

Taxiはイエロー・カムリ。ずっと昔、卒業旅行でホームステイした先のホストファミリーがそうだったように、海外で一番売れた(売れ続けている)トヨタ車なんだろうね。

タクシーで移動した高速から見る台北の夜がきれいだった。

ホテルに着くとすぐに陸上の選手、監督に出会う。一人でやってきた分、ここで「おぉ~」「久しぶり」と感動。陸上は種目が違えばほとんど接点もなくチーム競技というところがなくて、特にマラソンとそれ以外、と分かれるところもあるのだけれど、そうはいってもやっぱり他ならぬチームとして強く通じ合えるのだな、ということを異国の地だけに再認識。

カテゴリ

Recent Access