東京マラソン2016 Report

以下、部誌掲載分

東京マラソンは選考会の部(エリート枠)が2時間30分だった第2回(2008年)大会以来、2度目の出場でした。今回、出場した準エリート枠も充分に優遇されていますが、やはりエリート枠待遇はパラダイス、の一言に尽きます。記念すべき第1回大会はエントリーしそびれましたが、あと数回はこの気分を味わえるのだなと思っていたら2009年大会から非情にも基準が跳ね上がり、結果的に唯一回の貴重な経験となりました。

ただ、どんなに待遇が立派でもスタートしてしまえば世界王者とさえ対等な土俵で一発勝負となるのがマラソンのいいところですね。また、エリート、一般参加に関係なく東京マラソンの素晴らしいことは間違いありません。

覚えてくれている部員もいますが、2008年出場時は職場の駅伝を終えてそのまま東京に発ちました。宇部空港での森口博子に始まり、スタート時や東京五輪招致活動の意図も兼ねていた豪華なフェアウェルパーティーでの谷川、有森、千葉、安部、浅井、浅利、エゴロワ、シモン・・・選手らとの記念撮影(=女性ばかりなのは?)の方がメインだったような、Fun Runに終わりましたが、当時の自分、また2時間30分切りを目指す多くの選手も同じ思いだったはずなのは、東京国際マラソンを目標として強いモチベーションを持っていたのに、突然、大衆マラソン化されて大会ブランドが落ちてしまったような、非常に残念で複雑な心境がありました。(確かこの7年前迄くらい、目標であり憧れであった同い年部員の宮崎選手、山田選手らが、もちろん、団結などには見向きもせずに東京国際マラソンに出ていたのがかっこよかったことを覚えています。)

ただ、それさえも回を重ねるにしたがい、ホノルルやNYのような都市マラソンは日本では絶対、無理といわれた中での第1回大会の大成功、それに続いた日本各地での大会新設、さらにはワールドマラソンメジャーズへの加入、この間の日本中のマラソンブームとも相まって、 “Tokyo Marathon” のブランドもあっという間に確立されたのは、ただただ凄いなと思わせられる、節目の10回大会だったろうと思っています。

さて、本題の(笑)、今回も準エリートの話があった時点で耳の手術を既に決めていたので、普通に走れるようには思えなかったこと、また、福岡で充分に満足できるタイムも残せたので余計に東京は(走れても)Fun Run のつもりでいたのですが、これまた人生のわからないところで、手術後の回復が思った以上に早く(皆様にはああはいっておいたものの、術前はやはり回復に数ヶ月、半年くらいかかるのではないかとも覚悟していました)、それも中国山口駅伝という本気にさせる大会があったからです。

マラソン練習は2月以降、ほとんど団結中止以降の2週間集中トレーニングでしたが、自分には充分過ぎるくらいの好コンディション(出場2度とも快晴)も活かしながら予想外にうまく走ることができました。中間点通過は福岡は無論、海響のタイムさえ下回っていたのですが、後半が意外にも一時ペースアップでき、上々と思っていた福岡のタイムさえ上回るゴールとなりました。

手術後の初マラソンという点でもおまけのついてくる好結果となり、マラソンも人生も分からないものだとつくづく感じさせられた大会となりました。

2015tokyo-2

 

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