第53回延岡西日本マラソン 少細

2015/02/08 延岡市役所前発着

詳細ならぬ少細。

延岡入りした前日土曜は生暖かいくらいで、ブレーカー下が参加賞Tシャツの軽いジョグでも汗ばむくらいだったがレース当日は朝から強風。

スタート時コンディション(延岡市役所)が天候:曇り、気温9.9度、湿度52%、西の風8.5メートル。元々、風はある場所ときいていたが、スタート時から公式サイトに掲載されている過去10年で一番の強風(泣)。

この後は、13時・西北西9.8m/s、14時・西北西9.3m/s、15時・西9.0m/s、16時・西9.9m/sと風は一層強まってレース中ずっと吹き荒れた。僕自身は福岡でのDNFによる不完全燃焼から今回イレギュラーに申し込んでいたもので、今後があるのかどうか、最初で最後の延岡かもしれなかったが、そんなときにこんなコンディションを引き当ててしまう強運! 常々、そういう人生だとは自覚しているが。

号砲後、市役所を囲む正方形のブロック区画を一周する形で再びスタート地点にいったん戻り(ということを走って初めて気付いた)、その後は国道10号線に出て一路南下し日向市に入ったところで折返して後半は北上。そういえば以前の別大もまさに同じ展開で、旭化成の地盤だからか、これがマラソンコースのひとつの古典的スタイルなのかどうか、僕自身もかつての別大がそうだったように、単純折返しというシンプルなコース設定は嫌いではない。

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但し別大とは向きが逆なため後半に向かい風(北風)を受けやすい ── ときいていたとおり後半は半端ない向かい風に足が止まった。単純に前半追い風というのでもなく、全体を通して追い風3、向かい風7くらいの割合で影響を受けた感じ。練習不足と風の影響とで、前後半差7分の、最近では記憶に無いくらいの大きな失速となった。

30kmまではリラックスして、のつもりで25km過ぎまでは行けたのだが、30km持たない段階で苦しい走りとなった。やはり2ヶ月以上20km超を走っていないので足も正直。また、前日の生暖かさから一転して、終盤の風は強いだけでなく冷たくもなり相当に身体が冷え込んだ。冷え込みも追い打ちをかけてはっきりと潰れてしまったが、それでも元々、この試練を覚悟してきたのだから、と気持ちだけは最後まで維持して走りきった。

風はアンラッキーに予想以上だったが、川内選手の出場してくれたおかげが大きかったろう、沿道の応援は逆の意味で予想以上。以前、TV放映がまだ深夜の録画中継だった頃から何度か見たことがある(全国ネットではないので友人に録画を頼まれた)が、そのときは応援者は少ないように思えていたのだが、今回はスタート後しばらくと折返し地点は特に大勢の観衆が埋めていたし、途中いくつかの地点でも結構な数の応援者で人垣ができていた。これだけ応援してもらえれば充分に感激もの。応援者も寒かったはずだが、非常に力付けられた。

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こぼれ話

かつての別大、防府(また玉造や日本海)のように全選手がスペシャルドリンクを置けるのもメリット。僕も最初のうちは面白がってつくっていたが、びわ湖でも置かなかった方が多いくらいに、「スペシャル」というほど凝ったものはないので、今回は「一応」久しぶりのMyドリンクを楽しむ気持ちで、中身は大したものではないが、25、30、35kmの3箇所に置かせてもらった。

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延岡は出走者の層がそう厚いわけでもないので、早い段階から単独走になる可能性が高い。この点、今回、幸運だったのは運良く3、4人で25km過ぎまで行けたこと。5km手前で5人、ついで4人で15km過ぎまで、そこから一人離され、追いついた一人を飲み込み、また離れ、の折り返し25km過ぎまでは3人で。向かい風となる後半にずっと集団で行けるのが理想だが、そうもゆかず、25km過ぎ以降は一人が離脱、一人が抜けて、の後、ずっと2番手での走りとなった。

幸運の中のちょっとした不運は、ナンバーカードが分かれていればドリンクは3人各自が容易に取れるが、2人のドリンクテーブルが重なってしまったこと。果たして25kmの1本目のスペシャル、もう一人の彼のつかんだはずみで僕のが見事に落ちた(泣)。よく踵を返してでも拾い取って飲む話をきくが、僕のはそこまでの中身でもないし(笑)、1本は陽の目を見ずに延岡路のゴミとなった。

ドリンクテーブルは日本全国共通の、例のあの会議机。あの細長さでは置けるスペースは限られている、先頭集団(のスピード)で選手が重なってしまったらまず取れないと思うが、35kmではちょうど僕が差しかかる手前で風にあおられてテーブルごと僕に向かって(縦方向に)ひっくり返った。横向きに倒れても走行の邪魔になるが、それこそ人が倒立でもするように1.8m長さの台がいきなり立ち上がってきたのには走りながらたじろいだ。給水担当の女子校生もテーブルを押さえるのに必死なほどの強風だった。

恐い思いではもうひとつ。道路が片道2車線に広がる場所では車は走行禁止にはされず、選手が外側、車が内側レーンを走ることになる。そのことにあまり意識がゆかなかった前半、左車線の中央寄りいっぱいを走っていたら、それでなくても普段からきこえない身で危ない思いはしょっちゅうだが、大型トラックがいきなり横をかすめてきて、走るどころでない身の危険を感じさせられた(以後は、マラソンのいうところとは別な、本来の意味での「安全運転」を心がけた)。

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そういうことはあったにせよ、満足度はとても高い。同じく給水役の男子高生は連携よく、やって来る選手の番号を伝令リレーして取りやすい位置に差し出してくれたり、またスタート/ゴール地点市役所周囲の女子高校生らも皆、親身な対応で、気持ちのよいすがすがしさがあった。レース画像はスタート後の1km地点前後までのプリント分で、ゴール後に控え室に貼られていたもの。たくさん写してもらえていたのでありがたくいただいて帰った。近くの温泉解放サービスもあったり、泊まったホテルや食事のときなど、人の良さが色んなところで感じられて、初めて訪れた延岡の町の印象はとても良いものだった。

コースもフラットで走りやすく、初参戦の満足度は非常に高かった。もう少しコンディション(風)の普通なときに走ってみたい気もするので、今後もいつかまた、と思う。


 

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 comment
  1. 真人 より:

    お疲れ様でした。
    僕も延岡西日本マラソンに出たかったです(笑)
    過去3回出ました。フラットで走りやすいコースですが、強風だったり、高温だったり悩まれる天候条件でした。

    • より:

      いわきもおつかれさまでした!

      福岡で話していたように、今は参加者の多くなる市民マラソン化の中で、出場者の少ないのがいいですね。

      機会があればここでまた落ち合いましょう(笑)

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