第77回中国山口駅伝

調子崩し

福岡でマラソンを走った後のダメージはさほどなく──というのはすなわち、マラソンで力を尽くし切れていないことでもあるが──、年末までは好調を維持していたが、その後の引越しや仕事の過労やらで年始にダウン。

寒気やら咳やらが続いていたのだが、単なる風邪というより、どうも似ているなと思えたのは9年前に患ったマイコプラズマ肺炎。12月に体調を崩して極寒の山口からデフリンピック出場で季節が逆の豪州メルボルンへ。今年の全豪オープンも大会中、3日連続で気温が40度を越えたらしい、プロ選手でも体調不良に陥るトラブルが続出して主催者が試合停止のルールを初適用したという。この時期のメルボルンはそんなところなのだが、当時の僕も脱力感のまま亡霊のように走り、帰ってからもまた3月の地元秋吉台マラソンが初めて? 積雪中止になるくらいの日に寒い舞台袖にいて再びダウン。下旬の日本海マラソンで壊滅し、以後、その年は秋まで回復しなかったくらいに酷かったシーズンだった。

今回も、程度はやや軽いながらもそうだったろうと思う。症状はおさまっても走りの方の調子は簡単には戻らず、不安のまま当日を迎えることとなったが、一度、経験しているので、とにかく安全運転で最悪を回避することに注力した。

区間は、打ち上げでも述べたが、今年も1区かなと覚悟していたところにスーパールーキーのまさかの12月採用、即入部で昨年に続けての、通算4度目の2区。

元々調子が良くてもこの大会の1区は荷が重すぎる区間で、その上、体調を崩してしまい今年ばかりはホッとしたが、同時に、1区の快走を2区の僕が台無しにしてしまわないかと、過去に1区を走る以上に緊張もさせられた。

例により北上する進路の1~2区は強い北風を受けた、今年はなぜか東に進路を変える3区まで吹き荒れていたが、何とか最悪は回避してほぼ昨年並みのタイムでタスキをつなげた。どうしても順位は少し落としてしまうが、高校生やラストで大学生もかわせたのが唯一の収穫。

最悪は回避できたとはいえ、しかし、全く走れずにいた昨年並みのタイムは今年の自分には、冷静に考えると結構なショックでもある。年齢をことさらに言い訳にも自慢にもしたくないが、一度崩すと簡単には回復しないこと、つくづく体調管理の大切さを思い知らされた。

これで1区5回、2区4回と、序盤に集中しているのでいつもながらの知ったメンバーに大勢、応援いただけた。名前を全部あげるのは失礼になるだろうので控えるが、昨年に続き黄色ボードでのネーム応援も含めて、いつもいつも本当にありがとうございました! おかげでとても力をもらえました。

ラスト2km
ラスト2km

 

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