第27回中国四国県職員親善駅伝大会 遠征初出場

2013/09/07 徳島県美馬市吉野川河川ふれあい広場

12年ぶり2回目

陸上部では年間でも人気のイベントながら、コミュニケーションに難を抱える身としては長い道中や親睦がメインという目的や、にはどうしても躊躇し遠慮せざるを得ない面が大きく、入部5年目の平成13年が山口開催だったので手伝い要員として出場しただけの、過去、一度きりの参加であった。

前主将の松井君のときからよく話はきいていた、十河現主将からも毎年、その都度、誘われていた、僕の走力を買ってくれることは嬉しいが、親睦がメインなのだから勝負にこだわらず楽しむだけでいいじゃないかとずっと思っていた。

一方で段々、その、どうしても常勝1位の高知県庁に勝てない、何とかして勝ちたいのだという勝負熱のエスカレートする様子も年々、伝わってきて、夜の懇親会の場では僕の前回デフリンピックやその他やのことを紹介してくれているらしいとか、僕がいれば勝てるのだと常々、豪語しているとかをきくに至ると、人のいないところで止めて欲しい、という哀願と、益々、出られなくなるじゃないかという思いや、いっそ伝説の存在のままで身を現さない方が・・・とも思ってもいたのだが ──。

ついに折れたのは、今年が齋藤部長の最後の年だから部長のために優勝カップで祝杯をあげたい、と。以前の玉造マラソンやこの駅伝や、に部長がずっと参加を続けていることは知っていたので、僕も心を決めて2週間前に出場を伝えた。

出てみれば「なーんだ、ウワサほどでもない・・・」という失望を買うことも予想はされたが、ともあれ、今回はかように目的がはっきりしていたので、出るからには絶対優勝するつもりで、いつもは1区が多いが、今回はアンカーという大変、おいしい役目のところをもらっていたこともあり、ゴールを切るガッツポーズもどうしようか何種類か考えて、意気込んで乗り込んだ。

若い選手が力を付けてきた今年の我がチームのベストメンバーであれば、昨年のタイムからしてライバル高知県庁に1分差で勝てるだろう予想をきいていたから、僕も有終のテープを切ることだけを確信して疑わなかった。

・・・ががが、予想を超えたことばかりだった初遠征であった。


タスキを「受け取る」のも久々の醍醐味
タスキを「受ける」のも久々の醍醐味でした

 

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