第76回中国山口駅伝

4ヶ月半ぶりレース

随分ブランクがあった&遅くなったけれど完走記。

5月の洞爺湖マラソンまでは軽微だった坐骨神経痛を6月に悪化させてしまい、9月後はさらに重症となって走れなくなる。加えて、重い腰痛も併発。昨年以上に仕事も秋から繁忙となり、ブログもランもロング・バケーション状態へ。

「(12月の福岡がムリでも)この駅伝には間に合うだろう」と思っていたが、これが加齢ということか、あるいは仕事や生活のストレスもからみあってか、回復のメドは一向につかず、1-3月レースも諦めざるを得ないまでの状態が続いていた。

── が、区切りとなる10回目の出場を果たしたいという諦めの悪さから12月末より走り出し、年明け後に一か八かで身体を動かしてみる。多くのランナーが毎週、毎月のようにレースを楽しんでいる、全国各地への遠征を繰り返している中、週末もひたすら続く勤務を続けながら、何とか出場メンバーに滑り込み。

正月3日(の仕事後)に初めて速い動きを入れて、5日の10kmT.T が35分15秒。同じく翌週が34分35秒。不満をいえばキリはない(笑)が、2週間足らずで急に引き上げた内容としては充分。

2週後のレースまでもうワンランク・アップ、と思っていたが、当然の代償として新たなケガも頻発。両大腿に肉離れが3箇所、時間差で現れる。特に最後、3つ目にハムにピリリときたのは大いに焦り、結局、T.T 以外のスピード練習も調整もできなかったが、当日は悪いなり、現状なりにベストの状態で迎える。

2区は5年前と10年前に快走し、ともに翌週の別大で自己ベストを出した自分にはゲンのいい区間。・・・が、3度目の今年は練習もしていないし、別大にも申し込んでいない(12km以上の距離は走っておらず、マラソンなんてとても走れる状態でなし)。

7区間中でもローカルで応援の少ない区間ながら、僕自身は大いに好きな区間。昨年、1区でいつも応援を受けていることを書いたけれど、当然、近隣の方が毎年のように沿道で応援していただけるので、2区は2区でまた然り。5年前にも受けた高校の恩師や職場の方や、幾人か知った顔に応援をもらえました。ありがとうございました。

中で途中、驚かされたのは、昨年、顧問に手看板の応援をいただき大変、恐縮させられたのに続き、今年はまた新たに遠くから「山口県庁 金子誠一」を発見。「え!」と思ったらT君であった。ありがとう! しかも我がチーム・カラーの黄色地にしてくれているところが憎いばかりの心遣い。

2度目に受けたときはヘトヘトで力も尽きかけていたけれど、非常に力付けられました。本当にありがとう。

監督より撮影いただきました

チームへの合流も直前にしかできなかったたけれど、おかげで何とか4か月半ぶりのレース、5年前、10年前との落差をイヤでも思い知らされながら(苦)、心配した肉離れも走行中に起こさず無事に走り切ることができた。ケガ、坐骨はまた悪化させてしまったけれど、今は痛いながらも少しは走れるようになってきたといったところ。

胸を張って復活、とはいえないのがもどかしいのだけれど、今後は一層、体調管理が大事になってくることを自覚して、来年はまたちゃんと走れるように努めたい。

余談

アップ時の阿知須中、2区は1区と違い、建物内が無いので選手は適当なところに陣地を構えるのだけれど、3度目の僕は3度とも自転車置き場の下で(暖かくは全然、ないんだけど、とりあえず雨は防げる)。

今年はここで中国電力や、今年の目玉の青学の選手とも一緒になる。付き添いのM君とも「陣地だけは豪勢だ」とか、中継前は、(ベンチコートの紋章というかマークの意匠というか)「キリスト教系の大学はかっこいいんだよね」とか緊張感のない会話をしていたのだけれど、その時は知らなかったのだけれど、終わって知らされたのは、中電やマツダ等の社会人を抑えて区間賞の久保田選手。1年生ながらスーパールーキーなエースだったんだね! 今年は箱根も見ないで仕事してたから気付かなかった。

でも控えのときから謙虚というか礼儀正しさのようなものは伝わってきた。走行後の3区中継所や、また、ゴール地点ではしきりにサインや記念写真を求められていたけれど、僕ももらっておけばよかったかな。

同じ区間を走った、といっても既に数分~十分差、接点はないのだけれど、おかげで僕にはいい記念になったよ。

ゴール後
ゴール後 選手、役員、付き添い、応援の方々、ありがとうございました

 

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