下関海響マラソン2011 - 2 レース展開

海峡一人旅

レース後、一週間。脚休めとたまっている仕事の片付け。なぜか今年は片付かずに今週末も。実は今回、自分のラップを途中までしか知らず、ランネットで分かるはずの公表がまだかまだかと思っているのだが、このブログの更新もそんなふうに思われていたらどうしよう・・・ということはないですね。

例により一番遅い完走記、年末年始の休暇でもいいのだけれど、やっとシーズン入り、まだ先が控えているのでさっと仕上げよう。

トイレを探す方に慌てたのでアップは500mくらい。隣の市民会館までの不十分だったが、気温も高く蒸し暑くなりそうなので大丈夫だろうと思い、実際、それだけ動いただけでもしっかりかいた汗をふいて8時10分にスタートブロックへ。

20分待つ間に次第に雨足の強くなる、長いこと。気温の高い日だったが、びしょ濡れになって気分が滅入る頃、やっと号砲。

気負いの全くないせいもあり、入りのペースはかなり遅い。どうしても本命のレースでないから緊張感ないこと、初出場の知らないコースで後半が相当きついらしいことから序盤から積極的には行きにくいこと、まあ雨だし練習だしという甘えで5kmが18分13秒。心の片隅にあるサブ30は早、この時点で消える。サヨナラ サブ30・・・

このまま周囲の数人とずっと行ってもよかったが、普段がいつも一人の練習で自分の思うままに走っている、誰かに合わせてついてゆくということに慣れていない分、5km前のどこだったか、周囲に数人いた中から自然に抜ける形で出る。当然、皆、付いてきていると思ったら8km前の長府折返しでもう一人になっていることを知る。相変わらずの一人旅。以後、ゴールまで一匹走が続くいつものパターン。

ここはスリットの入った路面に注意してないとこけそうになった
ここはスリットの入った路面に注意してないとこけそうになった

ただ思ったほどペースは上がらない。7月の5000m以来、レースもなく速いペースでは全く走っていないせいもあり、力不足というより練習不足を痛感する。10kmは35分45秒(17分32秒)。

海響館を過ぎたところでなぜか折返して狭い埠頭を往復する進路に戸惑う。これも土地の有効活用といえばそうなのかも。15kmは53分43秒(17分58秒)。僕がサブ30にこだわるのは当然、国内最高峰のびわ湖への資格が前回で切れてしまったからなのだが、そのびわ湖では20km70分関門に神経質になる、今回はその前、15km53分さえクリアできずに門前払いされてしまうタイム。話にならない上、ここでもう力尽きたかと足が重くなってしまう。それでもスタート地点の海峡メッセに戻ると盛んな応援に助けられてまた少し息を吹き返す。

16km、シーモール駐車場から先の駅西、北部地区は全くの初めて通る道だった。20km、1時間11分17秒(17分34秒)。1kmごとのラップを押しながら走ってる最中は気付かなかったが、一番、安定していたところ。知らない道、初めての光景を走るのが刺激的で良かった。

19kmから「これか・・・」というような関彦橋、彦島トンネル、彦島大橋と断続的に続く坂が登場。まあでもこれも知らない方が淡々と走れた感じ。25km、1時間25分33秒(17分41秒)。普段が田舎道を一人で走っているので、街を抜けた海側、山側の道路の方が視界開けて気分も良く、いつもの自分のペースが刻めるようになる。

瀬戸内海から一転、今度は左手に響灘を望み、といってもみんなそんな余裕のないはずのアップダウンの連続で、でも、こんなところにまで沿道の応援がとても多くて感激する。「あれか・・・」と遠くから見えていた長州出島を折り返して30kmは1時間46分24秒(17分26秒)。これも今こうして書いているから気付いたことで走っている最中はそれと知らないままなのだが、唯一、ここで17分30秒を切っている。

30km過ぎ、長州出島大橋を渡る
30km過ぎ、長州出島大橋を渡る

平家の怨念?

このときはサブ30(2時間30分)という意識はまだ芽生えなかった。順位にこだわるつもりも全くない、何がモチベーションだったのだろうと思うが、やはりレースを走るなら練習不足でも無調整でも、その時点の最善を尽くす、ちょっと力をセーブして走るというような器用な走りの方が自分にはできないから、というしかない。

折返し後は再び大きなアップダウンで、1kmごとのラップは激しく波打つ。今回、実はフルのレースでは初めて1kmごとにラップを押してみた。途中、4回押し損ねて、計39回、押した回数は残っているのに、メモリーには32kmまでしか残っておらず(泣)。2年前の福岡前に買ったスーパーランナーズ、メモリーは自動消去でなく自分で消さないと消えないんだね(泣)。特に35km以降のラップがどの程度だったろう、と楽しみにしていたのに・・・大切な記録を残せずじまい・・・。

もうひとつ失敗だったのは、終盤になるとスプリットタイム(通過タイム)の方が知りたいのに、ラップを押してしばらくメインに表示されるのがラップタイム(区間タイム)で「それはどうでもいいから」って、時計に怒鳴りたくもなった(=もちろん、自分の設定が悪い)。2年前の福岡も35km過ぎて計時が止まって(ストップボタンにふれて止めて)しまう、それがなければ自己ベストに3秒迫っていたともっと早くに気付けていたのに・・・と、どうもうまく時計を使いこなせていない。

折り返してからは途切れることのない大勢の選手とすれ違いながら走る。知った選手に応援をもらいながら35km、○:○○:○○。タイムは全く記憶に残っていないが、この頃から、関門橋下に捨てたはずのサブ30への野望がまた海面に浮かび上がってきた。海峡の潮流ゆえか平家の怨念か。簡単に沈みきってはくれないようだ。

琵琶の海が・・・

残り7km、必死で頑張って、全力を振り絞ってギリギリくらいか。気持ちは20:80でかなり難しいだろうな、と思う。2009年洞爺湖も30kmタイムは1時間46分台(=今回に10秒違い)。洞爺湖は前半に大きな坂が集中している、今回の海響マラソンとは逆のパターンで後半はフラットなのだが、それでもサブ30に27秒届かなかった。マラソンのラストを「頑張れ」、というのは口で言うほど簡単じゃない。

洞爺湖マラソン2009 深まった自信 ラップタイム

まあしかし、たまには頑張ってみようぜ。あと3km。淡泊な性格も段々、必死になってくる。関彦橋を下ったところでまたまた180度ターン。折返しの多いコースだなと思っていたが、「1秒が惜しい今の自分に、ここでもターンさせるかね・・・」と眉毛がハの字になりながら、40kmは○:○○:○○。41km地点、そして残り1km地点、その間、わずかに195mでも無情なほどにシビアに刻まれる時計に泣きそうになりながら海峡メッセ裏、まだスパートはかからず。

コーナーを二つ折れて最後の直線。残り150mは笑われるくらいの形相を気にする余裕はなく、猛ダッシュしてゴールを目指す。

若い頃は異常なバネ主でした(今はもうない)
野球部時代は代走要員?
若い頃は異常なバネ主でした(今はもうない)

4回目のサブ30。40代で3度目。今年3月の出場で期限が切れていたびわ湖への出場資格も三たび復活。この日の日曜夜、録画していた大河ドラマ「江」で淀が最期を遂げるシーン。

びわの海が見えるようじゃ

僕には幻ではなく、現実としてはっきりと見えた。40km関門で大撃沈してフィニッシュしないまま幕を閉じそうになっていたびわ湖。湖に沈めて帰ったユニフォームも再び取りに行けそう。

テープを突っ切ってなお止まらず(笑)
テープを突っ切ってなお止まらず(笑)


 

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