第65回福岡国際マラソン選手権大会 - 3 三人之物語

彼らは明治という時代人の体質で前をのみ見つめながら歩く

楽しみにしていた「坂の上の雲」完結編が始まる。聾ランナー3人も年の暮れ、1年ぶりに結集してレース後は愉しく忘年会を打ち上げた。

ここ2年は同じ店の同じ席だったので、前回から300m移動して今度は大名小横の「はかた市 大名店」というお店で。選ぶでもなく入ってみたら料理がどれも非常に美味しくて大満足。西通りを折れた目立たないところにあるのがもったいないくらい。来年もここでいいかも。

しかし、レース自体のダメージは3年続けて弱まっている、一昨年は自己ベストに3秒迫る激走で坐骨痛の後遺症もかなり酷かった、昨年は完走目的のムリしないペース、今年は半分しかいっていない・・・のに、二日酔いは年々、大きくなっている。例によりジョッキ10数杯? 5時間以上、店を替えずに延々、続けていた同じ内容で昨年は半日ダウン、今年は一日、ダウン。年齢相応の走力低下もさることながら、それ以上にアルコール分解能力の低下を痛感。

一週間以上経つと何を話したのかだいぶ忘れてしまっているのだが(苦)、ろう陸上、マラソン談義は無論、身辺の色々とあったことなど話題は尽きず。

この日夜の福岡は、各選手、所属クラブのメンバーや応援者や、で盛大な打ち上げも多かったろうのに比べると、たった3人ではあるけれど、でもあらためて心強く尊敬できる仲間。

聴覚に障害を持って走っている、努力している姿。記録や実力というなら他にもっと優秀な選手は少なくない(そしてまた決して多くもない)のだけれど、きこえないという障害と走ることは実は簡単に結び付くものでもなくて、走るためにはまず苦労、心労の絶えない仕事や人間関係やを克服して、というのが大きなハードル。

障害ゆえの辛さを味わうことは少なくないはずの中で、真摯に取り組んでいる二人の姿のおかげで、一番、軟弱な僕も頑張れている。飲みながら笑い話で打ち明けたが、僕は昨年、腰を痛めて練習ができなかった以前に、デフリンピックに二度も出場した、目標のサブ30も聾者記録も何度か更新した、もうマラソンもほどほどに楽しむ程度でいいと、記録を追うような熱はだいぶ冷めていたのも事実で、でも、昨年のレース当日の選手の熱気やら、二人の情熱やらに打たれて活を入れられた。

今、気付いたが、真人さんとは出会ってから10年が過ぎたことになる。早いものだ(年をとるわけだ)。今回は震災の影響もあり、走れる状態でなかった(今もだろうし)。レース自体が1年ぶりだったという。山口に住んでいると毎週のように、また土日連続でもレースに出ている選手が普通なくらいに熱が高い、環境の良さ、ありがたみを思う。今回はお互い途中棄権だったけれど、選手寿命を大切にするための賢明な判断。お互い、完走できなかった悔しさを分け合ったが、でも、それで酒がまずいということも全然無く(笑)。

孝一郎君は今回、10秒ながら自己ベストそしてろう記録を更新。2年で10秒というのは彼にしてみれば不本意なところだろうけれど、それがマラソンの厳しさであり面白さであり。けれど、この足踏みが、やがて突き抜けるための大切な踊り場だった──ということに将来、気付くはず。僕もまだしばらくは後方から突き上げながら、そして口を開けたワニよろしく、あわよくば喰らうつもりで脅かしたい。

(3年前、僕が欠場したため)初めて3人揃った2年前の暮れに始まった坂の上の雲に当時、言及したけれど、三人といえば今年の大河ドラマ「江」もそう。こちらは姉妹の物語、歴史の冒涜も甚だしかったように思うが、でもなかなか見せてくれたのも確かで、実は大河ドラマを途中で放り出さずに全話、観賞することができたのは僕の生涯で今回が初めて。

こちらをなぞらえるなら、年の近い上の2人に見守られながら、少し離れた末の子が主役を邁進中──といったところか。いやでも個人的には真ん中の初が僕はいちばん好きで良かったな、まあそれは余談だが、何にしても三人の物語は続く──。


まずはビールにリザルト
まずはビールにリザルト

 

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