第41回防府読売マラソン

2010/12/19 防府市陸上競技場発着

最近の10km部門傾向~マラソンの傍ら

マラソンが最多のエントリの一方で10kmの出走者は減少傾向。これはまあうなずけることで、マラソンの資格が緩和されたならこれまで10kmに出走していた選手でそちらに流れてしまうケースが多いだろうから。

2010年防府読売マラソン10km
10kmラスト競技場

ただ、マラソンが大衆化した一方では、以前は10kmの部もカネボウが上位独占していた、瀬戸選手が日本最高記録を樹立するなどハイレベルなレースだった、10kmもマラソンと同じくらいに権威ある部門だったのが、今ではその面でもちょっとさみしくなったのは否めない。壮年の部も同様で、一昔前は上位数名が31分一桁の熾烈な争いをするなど、当時は実業団や地元陸協所属で駅伝が重視されていた、マラソンとは別のロードレース競技として非常に熱が高かったのだと想像できる。

最近は、壮年の部の上位選手も10kmに専念する、というよりマラソンの傍らで10kmも走る、という感じ。一般の部がそうなように本来、高いレベルではマラソンと10kmが両立できるものではない(=全く別の競技)のだけれど、特に壮年の部にとってはこれも6年前の福岡国際の出場資格緩和(Bグループ設定)が輪をかけた。

以前ならマラソンで防府に照準を絞っていた選手が、福岡でマラソンを走れるなら防府は10kmで、というケース(もちろん、毎年のように福岡、防府を続けて走る、とことんマラソン・ラブな壮年選手も多いのだけれど)。僕自身もここ5年はずっと福岡=マラソン、防府=10kmのパターン。内、2度は福岡をDNSしているけれど、マラソンは無理でも10kmなら何とか走れる、というのも都合がいい。

まあでもそれでいてレベルは高い。かつての31分まではゆかなくとも、毎年、マラソンの1週後、2週後にして皆、よく元気に走るものだと思う。自分もながら他人事のようにあきれてしまう。

万年2位

結果は2位。ここ3年は北里さんにかなわず悔し。

それからこれは度々、エントリしているけれどフルマラソン・ランキングで2位が続いていること。先の福岡でも、調子の悪そうな充君を一時は追い抜いてだいぶ差をつけていたが、またまた最後にかわされてしまった。打ち上げで昨年は万年2位とからかわれたが、今年はもう気の毒に思われたか話題はスルー。

僕が早生まれ(の特に年度末生まれ)になるので北里さんとは年齢が2つ離れ、充君とは同じになる時期が長いものの、学年はそれぞれ一つ上、一つ下、の3年並び。

それで、これはまた別の場所の別の話題で話していて気付かされたのは、松坂世代、今、佑ちゃん世代というような、同学年の特色──。

僕ら丙午の学年から見ると1学年上の先輩はよくよく元気でヴァイタリティがある。いつも圧倒されていた。下の僕らが少ないのでやんちゃでやりたい放題(=水野雄仁世代)。一つ下はとても優秀。丙午の反動で数が多いこともあり、もまれている、ソツがない。これまた僕らの数が少ないので上を喰うのに長けている。大体、学校のクラブでは正選手(レギュラー)の座を、のんびりしている僕ら一個上からさっさと奪っていった(=清原・桑田世代)。

僕らにせめて救いを見出そうと思えば、少ないながらも個性は光っていた、という慰めなんだか精一杯のアピールなんだか。先日、中高時代の先輩を偶然に同じく知る人とそういうことを話していたら「上下に挟まれていて大変だったんですね」といわれたのだが、それで気付かされたのは「そうだね、裏年だったんだね」ということ。

僕自身、調子の良い悪い年が一年おきにあることをみかんに代表される農産物に例えて「去年は豊作の表年だったが、今年は裏年で調子は今イチ」ということをブログにも記してきた。それの延長で云うと、僕らの学年は「存在自体が裏年」だったんだね(苦) 気付かない方が良かった事実かも。


ken君より動画をいただきました ありがとう

 

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