第73回中国山口駅伝 2

2010/01/31 宇部市役所~山口~防府~周南市役所(7区間 84.4km)
1区 宇部市役所~阿知須中前(15.1km)

故障中

昨年末の福岡以降、再発した坐骨神経痛が酷くなり、とてもレースを走れる状況ではなかったところに追い打ちをかけた直前1週前のアキレス腱痛。坐骨の方は力が出せないなりにキロ4分でも走れないことはなかろうけれど、アキレス腱が途中で激痛に変わっては立ち止まってしまうんじゃないか、と、1区の人間がこんなことではきわめてまずい。どうなることやらという思いで一週間を過ごした。

調整とか刺激とかは一切、諦める。元々、それ以前に練習もできていないし、スタートにつけることを第一に考え全休にして療養に努めた。それでも坐骨の方はやはりしつこく、完治の難しい症状。今朝もまだ硬く重く痺れる感じが残る。左右のバランスが悪いので真っ直ぐに走れない。左に痛みが出ている分、右に右に流れて(傾いて)ゆく。

それでもアキレス腱痛の方が何とか持ち堪えてくれて最悪の事態は免れた。走り切れてひとまず安堵している。

3回目の1区出走。4年前の初めての時は抑えすぎて論外(翌週の別大に気が行き過ぎていた)。2回目、3年前のタイムに29秒遅れでとどめられたのは、無風、雨上がりという、この時期、こんなにいい条件の日は記憶にないくらいの絶好のコンディションというのに助けられたところが大きい(過去2回は向かい風に苦しめられた)。もちろんこれも大会のレベルからすると満足するには程遠く50分内を目指してはいる。次こそ。

10回を目標に

前回も書いたけれど、古林君の10回出場の偉業にメンバーとして加われて良かった。今回の僕も、もちろん他の皆も、調子の波はある中で最低限、走れる、選手選考の候補になれるようにはしておかないと。

過去2回、直前に辞退させてもらったことがあるので、やっと僕は今回で7回目。一年に一度しかない、数打てない大会なのであらためて10回の重みを感じさせられた。あと3回(3年)は長いね。でもいい目標になる。

Golden oyage

部内の目標という意味では色々あって、度々、書いているけれど、陸上部には(入庁年次はまちまちながら)なぜか僕らの学年に粒が揃っている。今回も田中君(4区)と宮崎君(7区)と僕(1区)とで3人が出場。

レース後、かつて教育委員会で職場が一緒だった準優勝高校の校長先生と話をしていた。田中君が二十ウン年前の先生の山岳部の教え子(ということは僕も以前から知っていた)、というのに加え、宮崎君の息子さんが(甲子園出場レベルの)野球部で(さらに)お父さんがお父さんだけに足も速かった、ということをきかされて、「(僕も含め)先生も教え子が多すぎて(三世代分くらいいて)忙しいですね」ということを話していたのだけれど、子どもが高校を卒業してこの駅伝に再出場するようになったのも本当にすごい。

中国新聞にも昨年はそのことで宮崎君が、2年前は田中君が取り上げられた。不肖ながら3年前(もう随分、昔の出来事のように思えるのだけれど)は僕、で今さらながらに気付かされたのは同学年3人が3年間、順番に、だったわけだ。

我ら同学年組、まさに「ゴールデン・エイジ(Golden age)」──というのも憚られるが、「ゴールデン・オヤジ(Golden oyage)」くらいは目指してゆきたいね。

いつものようにたくさん役員、要員として当たられている部員の方々、また沿道の応援の方々もおつかれさまでした。ありがとうございました。

  • 区間記録 51分01秒 (14位/16チーム)
  • チーム記録 4時間52分41秒 (15位/16チーム)

 

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