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第65回びわ湖毎日マラソン - 3
出発前心境編
福岡後、出る気持ち(心)にも状態(身)にもなれなかったので練習は出来ていないが、いよいよの3日後。振り返ってみると──
- 2009年3月1日
- 第64回びわ湖毎日マラソンに3年連続3度目のエントリも、アキレス腱痛、貧血、疲労骨折と重なった故障が癒えずにDNS。同時に出場資格を失う。
- 2009年12月7日
- 自己ベストには3秒及ばなかったが2時間28分52秒と3たび、びわ湖の出場資格を再獲得。
デフリンピックの疲労と続いただけにダメージ大。しばらく次のマラソンは考えられないほど心身を消耗し、びわ湖も一回パスするつもりでいた。坐骨神経痛も再発して以後、休養モードに。 - 2010年1月31日
- 中国山口駅伝。ここまでには治したいと思っていた坐骨痛になお改善見られず。走れる状態でなかったが何とか走れたことで、びわ湖への出場を考え始める。翌日、陸協の承認印を慌てて依頼しに行き締切間際に申込み。
- 2010年2月20日
- 団結駅伝。この頃から痛みにも何とか耐えられるようになった。宿と新幹線切符を手配。
- 直前2週間
- ようやく、びわ湖のための練習に取り組む。ただまだ治療の方を優先しているので3日と続けてのトレーニングは無し。
どうしても普通の時と比べてしまうと力の落ちている、それは当然のことなのだが、あらためてこの経緯を思い返せば走る気になれた、走れる状態になっただけで非常に幸運なこと。
今はレースに出向ける、旅にゆけるだけで嬉しい気持ち。一度、資格の切れた、しかもDNSで最後になりかけたところだったので、再びスタートラインに立てると思うと本当にそれだけで満足できそう。
激しく湖の底に沈んでしまうだろうが、走れるようになったことを有り難く思い、ベストを尽くしてきたい。
2010-03-04











足の具合はどうですか。
ちょっとだけ無理してがんばってきてください。
テレビ見ながら応援しています!