第65回びわ湖毎日マラソン - 1

大会に向けて

昨日、駅伝に向かう前、自宅ポストをのぞいたらびわ湖のエントリ通知が届いていた。公式ホームページにもエントリ選手が掲載されていて、いよいよのあと2週間後。

2010びわ湖エントリ通知

一応、エントリしながらどうしようかと迷っていた出場、走るだけは走ってみようかと思っている。

福岡後、5年ぶりに再発した左側の坐骨神経痛が酷く練習が出来ていない。10km以上のジョグができたのが3回、普段からさほど気にしない月間距離も12月250km、1月250km、2月現時点で180km。僕の場合、400kmあれば何とかできるけれど、やはり絶対的に少ない。

元々、今年は「修復」をテーマに掲げたくらいの、デフリンピックも終えて無理する必要はない、びわ湖の資格も来年迄延びたので気持ちが入らず。本当に昨年の今頃はデフリンピックへの気負いと焦りが悪い方にどんどん循環していた。オリンピックを直前にしてトリプルアクセルを跳べなくなった真央ちゃんの心境のよう・・・だった。

それに比べると気持ちはうんと楽なのだけれど、ただ、半端な気持ちで臨むとしっぺ返しの大きいことは特に過去2度、同じく3月のレースであって──

2005年日本海マラソン
デフリンピック前から貧血その他、38度のメルボルンと極寒の日本の差のダメージ大きく体調も大きく崩し、鳥取行き列車の中からダメダメな体調で無謀な出走。20km棄権では済まず、初めての坐骨神経痛を決定的にし回復に秋まで要した。


2007年びわ湖マラソン
2006年福岡で初めてのサブ30後で資格獲得。今、思えばもっと喜んで出場しても良さそうだが、やはり福岡で今度は右に坐骨の痛みが発症。この時も出発までまるで気持ちが乗らず、出発前日、金曜に鍼治療を受けて多少でも快方になるなら・・・と投げやりな、でも結局、変化はなく、歓迎の夕べの食事だけいただいて帰るつもりで向かう。


遊んで帰るつもりで大阪泊、前夜も結局、居酒屋で飲んで・・・、当日、やっとその気になって出走。23.5度まで上昇した気温の高さが僕には幸いして痛みも少し我慢できたのか、思いがけない完走に大喜び。


ただこの時もやはり坐骨痛を強く悪化させてしまい、4月以降、身体が曲がらない状態に。35歳以降続けていた5000m・15分台の記録が途切れたのも40歳シーズンのこの年。

そういう経験があるので、痛みのあるときに無理すると翌シーズンを棒に振ってしまう、坐骨痛の治りにくさはイヤというほど味わわされている。今、多少なりとも走れるようになってきただけに、ここで悪化にぶり返したくない気持ちが強くて今回も二の足を踏むところ。

毎年、大会ロゴの変わるびわ湖、この年のはカッコよかった、
と書いたら今年また復活してくれている(?)かも

それでもびわ湖はコースの良さと沿道の応援の熱さと、日本最高の大会という名誉と・・・が惹き付ける。リスクとの引き換えの醍醐味。

びわ湖毎日マラソン大会


 

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