洞爺湖マラソン2009 - 11

美しい景観だった洞爺湖の北~西側部

汗は流れずとも当然、苦しい30km以降。でも苦しさを和らげてくれた、癒やしてくれたのが美しい洞爺湖の景観。

Lake Wendouree
Lake Wendouree in Ballarat

強い光が湖面の青と木々の緑を眩しく射している。サングラスを通して映る分、くっきりと陰影が浮かび上がってため息の漏れるような美しさ。スタート地点となる温泉街の南側は濃い青をしている水面が、北に行くと透明にキラキラと輝いている。リゾート地の海岸のような砂浜も現れてくる。

30~35km過ぎは一番、湖に接近したようなところ。走りながら、メルボルン・デフリンピックのマラソン会場となったバララットに似ているなと感じていた。

バララットのマラソンコースもウェンドリー湖(1956年の五輪でボート競技の会場となった)に沿って走るコースだった(この完走記のヘッダー部分の画像がそれ)、強い陽射しの中の青空が美しかった。この洞爺湖もまたそれ以上だった。

最後は力を振り絞って

この完走記はプログラムのコース図、高低図を開いて当日の情景を思い出しながら書いているのだけれど、30~40kmはコースで唯一、アップダウンがほとんどない箇所だったのだと知る。よくできているなあ、と思う。もっとも、他のレースならそれが普通なのだけれど。

残り5kmでは頑張ればサブ30もギリギリの状態だった。信じられないタイムに目を疑ったが、さすがに終盤のペースダウンは食い止められず、40kmで断念だと思い知る。終わってみれば、やはり淡泊な性格が災いしたのかなと思う(健診でも蛋白が足りない)。先日、書いたような、47歳、48歳で初サブ30を達成した倉掛さんや高橋さんのような執念に欠けていたかもしれない。でも、5kmで27秒というのは非常に困難なこと。42kmで20秒、30秒縮めるのだって簡単じゃない。5分、10分、落ちる方はいともたやすいけれど──。

41km手前、最後のきつい坂を登りきってから公園に駆け下りる。コース途中、初出場な上、トップと離れている分、コース進路の分かりにくいところがあった。分岐点に立つ誘導のスタッフも後ろ手で、ただ立っているだけなのに何箇所かとまどったのだけれど、最後に左折するここでは大きく手旗を振って示してくれた。最後に初めてちゃんとした誘導に出会えて嬉しかったので思わず僕も手を振って応えた(バカ)。

再びの砂利道でパンツの前に挟んでおいた手袋を後ろに隠し、サングラスも上げる(誰も見てないし、誰も写真に撮ってないって! でも一応・・・)。

当初の目標だった40分から、中間点で考えた33~34分台、願わくば32分台もクリアしての大きな目標更新。何より15ヶ月ぶりのレース、貧血と度重なるケガとに明け暮れたシーズンの悔しい思いを、エントリした最後の最後の大会で挽回。

これから練習量の確保も思うようにはゆかないことが多くなると思うけれど、それでもどんな状況でも走れることの幸せを感じて、何とか無事にスタートラインに辿り着きたい


2008年マラソンシーズン

と書いてから7ヶ月半、苦労しながらやっとスタートラインに立てた。そして帰って来れた。こみ上げる嬉しさにガッツポーズでゴールした。

青空の下を続々と選手がゴール
青空の下を続々と選手がゴール


 

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