洞爺湖マラソン2009 - 8

中間点を通過

今回はずっと独り旅だったので、「その時、集団が動いた!」といった動的な展開があるでもなく、この先にドラマチックな出来事が待っているのでもないのだけれど、引き続き──。

20km前後は感じとしても一番、身体が動いていたところ。

ナンバーカード

ちなみに今、書いているラップは手元時計によるもので、後で送られてくるらしい正式なラップとは少し違うかも。各5kmにはきちんとした計時システムと小さいながらもデジタル表示があって、手元に目を落とさずとも通過タイムが分かるのも便利だった。「それは公認レースなら当たり前だよ」と思うかもしれないけれど、ローカルな山の中の誰も居ない道を走っていると、デジタルな物質がそれだけで充分に目立っていた。似つかわしくないくらいに。

ついでに、トップの通過タイムがボードに手書きされるように準備されていた。他のランナーのブログを見ていると女子トップは書かれていたようなのだけれど、僕がはっきりと男子のトップを読み取れたのは中間点のみ。後は書かれてなかったような・・・。公認レースにも普通、ないことでリクエストはできないけれど、せっかく用意されているなら書いてあるとよかった。3位を走っている身として、トップとの差がどれくらいの度合いで開いていたのか分かっていたら、それはそれでモチベーションの維持に働いたと思う。

ゴールタイムはいかに

唯一、中間点で見たトップの通過が1時間13分50秒くらい。「おぉ、きっちり3分30秒ペースだね、やるなぁ」と思っていた。もちろん僕も真夏日となった山口でもこのペースで走れていたから、ハーフまでなら問題なく行けるタイム。

僕の通過は1時間15分10秒くらいと記憶している(ハーフではラップを押していないのでだいぶ違うかもしれない)。

このままなら2時間33~34分かなと計算が働く。3週前のデフリンピック強化合宿 で

今の状態なら気温20度でも2時間33分は普通に出せそう

と述べた通りに、年をとると予想の精度だけは高まってゆく・・・。

越えたい壁

ところで、僕は33分台を2本、34分台を3本出しているのだけれど、贅沢かもしれないが、実は自分にとって一番「イヤな」ゾーンがここ。潰れてしまっての37~38分台はさっさと見切ることができる。尾を引かず、残らない。でも33~34分台というのは、サブ30を目指しながら果たせなかった、あの苦しい年月が詰まっている。サブ30までの距離はまだずっと遠く、頑張って頑張って、でもまだ全然、ダメだよという現実を突き付けられて、何とも重い気持ちになるのだ。もちろん、それがあったからこその今であるけれど、僕にとって嬉しいタイムとは言えないのが本音だ。

かつて、長い間 31分台が一本だけ浮いていた。フロックといわれても言い返せないところがあった。せめて32分台でいいから一本、出して近付きたかった。自分の実力を目に見える形で確かなものにしておきたい、平均タイムを均衡させたい気持ちがあった。

それはサブ30を達成した後も同じ。むしろ加齢による今後の記録低下を考えると、モチベーションを維持するためにも、その目標は余計に強く、かつ現実的になっている。

今後の目標

ゴール後、洞爺湖と羊蹄山をバックに
ゴール後、洞爺湖と羊蹄山をバックに

例えば、自分の年齢+2時間 ──僕の場合だと2時間42分内── を目標にするのでも充分、シリアスランナーのレベル(昨年のランキングなら42歳で16位相当)。そこからさらにハードルを上げてマイナス10分 ──これで、ちょうど僕には2時間32分── が決して無理な目標ではない。これなら49歳までサブ40を狙うことのできる、いい目安にもなる。

五輪にも出場したトップランナーでいて今なお一線のレベルで走っている、選手寿命の長いのが2つ下の実井選手。あの淡々、飄々としたところが最近になって好きになっている。ブログで触れていたせいかどうか(?)、昨年のびわ湖の時はじっと見つめられた。ちょうど実井選手とはベストが20分違い、年齢も近いし、同じく暑さの五輪で力を出せなかった点など、非常に親近感を抱くのだけれど、アトランタから12年経つ昨年10月のベルリンでなお12分台というのがすごい。

今ある力を出せればいいと思って走った。もう昔のタイムを抜こうという気にはならない。うまくまとめることができた

2008年マラソンシーズン

僕はまだベスト更新を全然、諦めていない、かつ今回、それを確信できたのだけれど、実井選手の考え方、走り方は今後の大きな目標である。

でも、この時の中間点ではまだ、頑張ろうという気持ちは湧いてこなかった。


 

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