第63回福岡国際マラソン選手権大会 6

集団に付いてゆきたかったが

レース概況を大まかに──。

競技場スタート地点の最終コールのブロックに一番乗り。「みんな遅いなぁ」と思っていたら、自分がスタート時間を10分早い正午ちょうどと勘違いしていただけだった・・・。

先頭に出て1周、引っ張った3年前の大濠公園スタートと違い、今回の競技場では最後尾からリラックスしてスタート。レース中も最後まで後ろを振り返らなかった、その必要もなかったのだけれど、ビデオを見ると後ろにまだAグループの選手も含めて15、6人いたのを知る。自分ではゆっくりスタートしたつもりでも速かったのかもしれない。

5kmの入りは3年前に同じ。前回と違ったのは5km過ぎで少し足を使って追いつき、10km過ぎまではギリギリで前の集団についたこと。12kmあたりからじわりと離されるも3年前同様、一人でも特に問題はないと思っていた、離されはしながらも、今回は前方に集団が見える状態で大博通りまで続いた。前方の集団はばらけることなくきっちりとイーブンペースを刻んで進むAグループの強者で、さすがだなあ・・・と思っていた。

青春のほろ苦い残像

過去2回、走ったときは思い出さなかったこと。今回、16kmの別府大橋手前、中村学園前を通過するときに学生寮の新歓(恥辱)行事、パンツ行進のことをふと思い出してしまった。ちょうど今年、届いた学部便りなるものの中に最後の田島寮生となる在校生が思い出の一文を添えていたのが記憶に強かったから。

パンツならまだいいんだけど、何が恥辱かといって寮から女子短大までを往復するのが白ブリーフ一丁なこと。これはほんの手始め、まあとにかくすごい寮だった、楽しかった。移転後の今は男女が同じオシャレなコンドミニアム? らしい、時代は変わるものだ。25年経とうとする頃に、今度はランナーとして走っているのだから。パンツ行進した人間が福岡国際を走るケースも多くないだろうとか思いながら通り抜けた。ちなみに別のページには同学年の女子学生で弁護士になった子が寄稿していて、今は福岡でテレビにも出ているのだとか。みんな頑張っているんだなあ、と思う。それぞれに対象は違っても頑張らないとね。

逃げ切りたかったが

20kmまでは5人の小集団で、そこを過ぎるとあとは最後まで三人以上の集団になることなく一人か二人での走りとなった。もう一人、は年齢別ランキングでずっと首位の充君。今回は彼の調子が悪かったのかどうか、けやき通りの辺りから並走となる。お互い、誰かについてゆく、という考えがないせいか、大博通りからゴールまで、後半だけで飽きもせず十数回くらい、抜きつ抜かれつを繰り返した。

福岡国際マラソン 18km警固交差点
18km警固交差点を右折

彼のおかげで年齢別ランキングはずっと2位。今年は5月の洞爺湖で、暫定首位に立っていたのだけれど北海道ですぐに逆転される。今回も3号線の復路から差をつけていたけれど、最後、40km前でかわされてしまった。夜の打ち上げでは「万年2位」なんて言われてしまったけれど、本当、学年は一つ違うんだから僕も同学年組でカウントされたい。でもおかげでいい目標。

ちなみに中間点まで一緒にいたオーストラリアの選手は「なんでこんなところにいるんだ?」と思っていた、ただの調整か練習なのか終始余裕を見せていた。Aグループでもスペシャルは置かずにゼネラルの水だけを取っていた、かつ、うまくつかめないようでいつも両手で抱え込むように取っていたのが面白かった。あの後は24分台でゴールしていた、イーブンペースが大切なんだなあ、とあらためて思う。

もう一つ給水でいうと、119番の選手には20km過ぎのところだったか、一度、彼のスペシャルをもらえた。ありがとう! 普通のスポーツドリンクだったと思うけれど、本当、美味しかった。僕は3年前の福岡にしろ、2度のびわ湖にしろ、「水だけでも充分」という思いではいたけれど、やはりちょっとでも糖分があると全然、違うことを実感した。彼について行ければ良かったけれど、力不足でそれもかなわず。

市民ランナーもレベルアップ

3号線からはハーフ組を含めて十人近く抜かれたと思うが、それでも今回は最後にもう一度、こちらも数人、抜き返す。36km過ぎ、千鳥橋を折れて時計が止まっていることに気付く・・・。今回、スーパーランナーズ(旧型)に時計を新調してみたのだけれど、START/STOPボタンが手袋の端に当たるのが不安だったのが見事に1回目に的中。あるいは今回、おもしろがって1kmごとにラップを押していた分、どこかで間違えて手が触れたのか・・・。しょうがないから、現在時刻表示に切り替える。正式な時刻のズレが30数秒、ということはスタート前に競技場の計時車を見て覚えていた。前にも経験あった(=3年前の田布施)から万が一の心の準備ができていたのは良かったのだけれど、それでもやはり終盤の苦しいときに頭の中でうまくは計算できなかった。

残り5km、前回はもう2人に抜かれただけで前方に選手も見えなかったのに、今回は最後まで選手の姿が数人、ずっと見えていた。出場者数も過去最多だったというし、サブ30レベルも確実に上がっているのだなあ、と実感。競技場でも前後に選手のいないことを確認し(=写真の邪魔にならないよう)ガッツポーズでゴールした3年前の余裕はなく、ゴール前、最後の力を振り絞って計時がベストタイムとほぼ同じ数字を横目にゴールイン。ただ3年前もそうだったように、ここのゴール時刻はプラス数秒は違うので、ベストは厳しいかなと思った通り。それでも3年前よりタイムは13秒、順位は2つあげて58位だった。


 

  Related Entries


Message

メールアドレスが公開されることはありません。