第57回別府大分毎日マラソン 11

レース中のラップは知らず

他のランナーのホームページ、ブログを読んでいると、マラソン中のレース展開がラップとともに書き記されている、僕のこの完走記も大勢に漏れず似たようなものだが、他ランナーのそれに感心させられるのは「よく1km、5kmごとのラップタイム、また通過タイム(=スプリットタイム)をゴール後にまで正確に覚えている(ような書きぶりだ)な」ということ。

僕の場合でいうと、今回、レース後におおよそでも覚えていたのは1km、5km、10km、そしてもう一つの4つだけ。いずれも通過(スプリット)タイムのみ。前回、記したように最初の10km地点だけ「5kmのラップが早くも17分30秒をこえたな」と計算できた(気付かされた)以外、以降のラップは全く頭に無し。これは単に僕の頭のワーキングメモリ、記憶容量が少ない、バッファ領域が小さい、頭の中でラップを計算するだけだけの脳力が足りないだけなんだろうけれど。

折り返して動いた集団

折り返して26km、一人の選手がするりと抜け出した。10km過ぎで追いつかれてからずっと一緒だった選手。集団の中では一番、ナンバーカードの若い126番。ちょうど5年前、僕が意を決して集団から抜け出し、前後半差マイナス3分となる脅威の後半ラップを刻んだのも同じようにここから。一瞬、その光景がフラッシュバックした。

やや置いて、地元のレイトン選手も続いて抜ける。20km過ぎに追いつかれ、その後も果敢に先頭で引っ張ってきた。彼のことを覚えていたのは、このレベルの市民ランナーとしては珍しい外国人選手ゆえ。外国人というと失礼かもしれない、名字は日本姓だから日本国籍なのかな。いずれにせよ、2年前の別大でも全く同じパターンで15km過ぎに抜かされた。僕の記録の出た一昨年の福岡国際では、僕がゴールした時、ちょうど真横の競技場外側レーンで残り1周を走っていたのをやはりよく覚えている。

結果論ではあるけれど、他に大勢いた集団の中からこの2人(だけ)が抜け出したのは走っている最中の僕から見ても「ああ、やはり」とうなずけたものだ。126番といえば、エントリタイムは2時間25、26分くらいのはず。同じグループにいたことが不思議だった(ちなみに124、125番は今回、24分台で続けてゴールした県内ランナー)。レイトン選手もサブサーティーまであとわずかの力は実証済み。非常に若い(26歳)だけに、いつ爆発してもおかしくない選手。

助けられたのは追い風だけでなく

少し、ここだけ先走りして述べると、この2人はこの後も突っ走って27分台でゴールした。今回の別大サイトの完走者記録一覧は(昨年のびわ湖がIBMサイトらしからぬミスのあったのと違い)、そのままエクセルに落として時間計算ができるから、全員の5kmごとラップ、前後半差が一瞬にして分かる。もうグラフにまではしないけれど・・・。

これを見るとサブサーティーを果たした選手のうち、この二人のネガティブラップ(前後半差マイナス)が飛び抜けている。

今回、後半の追い風に助けられた、という評がされるのは確かに一面で事実。ただ、特に走っていない、見ているだけの人がいうほどではなく、その分、前半が向かい風だったのはいつも通り。疲労の蓄積していた練習時でさえ20kmを69分前後で余裕を残せて走れていた僕が、今回、20kmで1分半も遅れてしまったのは、体調悪化のせいもあったろうけれど、やはりそれ以上に風の影響が大きい。

追い風もせいぜい湾岸沿い部だけ。大分市街に入る37km後はあまり恩恵も感じられなかった。舞鶴橋後の最後1.5kmは、これまたいつも通りによろめきそうなくらいの強烈な向かい風。

実際、上位10位内選手にネガティブラップを刻めたのはゼロ。サブサーティーの44人中ではわずかに7名。別大のコース特色ゆえ、他の大会に比べると多いけれど、皆が皆、後半の追い風に乗れたわけでもない。

デジャブとしての経験の強み

11km
(11km過ぎ)この後、前2人にはいったん突き放されるが25km手前で後続集団も含めて再び収斂された

前回、僕が15kmゆかず「サブサーティーを狙うならこの集団に居ちゃダメだよ」と思ったのは、お詫びしないといけない不見識だったのだけれど、やはり、あの時点で一緒にいた中から達成できたのは4人と(その時点ではまだ後方にいた)レイトン選手の計5名のみ。

これも終わった後だからいえるのだけれど、レイトン選手以外の4名というのは──僕自身も含めて──、皆、一度、サブサーティーの経験を持っている者。今回の僕にとっては2度目の経験ということになるのだが、やはり一度でも経験した強みは大きかったな、ということを今、感じている。

「経験」があるからといって、走っている最中に何か具体的に助けられるわけでも、自分で明瞭にゴールしきれるイメージがあるわけでもはない。はっきりとした形のあるものではないのだけれど、経験が経験を呼ぶ、とでもいおうか。「いつか一度、経験したぞ」と身体の方が知らずに反応してくれる、意識しないところでのデジャブ的なものが有効に作用した点があるんじゃないかと思う。

必ずしもタイム的なものでなく、誰もが最初は未知の世界であった42.195kmというマラソンの距離を経験してゆくうちに走りきれるようになる、ランニング初心者でも5km、10km・・・と、少しずつ走る距離に身体が慣れてくれるのと同じような、その延長として。


 

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 comment
  1. みっちー より:

    ラップは私も完全には憶えてないですよ(^^)。時計に記録しているので、blogではその記録を書いてます。
    ラップ毎の記憶は時計の記録をみると不思議とその時のことが思い出されます。昔の記憶をたどるときに、普段は憶えていないのに写真をみると思い出すのに似てます。
    まあ後から勝手に「そのとき思っていた」と思い込んでいる記憶もあるとは思いますけど(^^;;)。羊さんはマラソンの時は、5キロ毎に時計のラップボタンを押したりしないのですか?

  2. より:

    もちろん、ここに書いたのはみっちー他のことではないんですが、でもみんな、後から振り返って・・・という感じでの書きぶりなんでしょうね。
    僕もラップは押してますよ~。
    ・・・の詳細編となる次回以降を楽しみにしてくださいね(^^;)
    風邪で練習できない分の気分転換に読んで下さい。
    でも心は tokyo に・・・

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