第37回防府読売マラソン

2006/12/17 防府市陸上競技場発着

10kmの部に初出場

フルマラソン翌週でも10km程度なら訳なくこなせるつもりでいた、これまではそうしてきたが、2週後でも走りはさえず。2週前に念願のサブ30を果たせたこと、長い間果たせずにいた自己ベストを更新できたことは、自分の肉体的にもこれまで使えずにいた深い部分をうまく使えたのだと思う。当然、初めての経験ゆえにダメージからの回復には時間がかかるはずで、また、この日のレースは、この冬一番の寒波で脚の感覚が尋常でなかった(これは皆に共通する)こととで、タイムもひどい。福岡1週前の練習で走ったものより40秒以上悪い上に、福岡の最初10kmの入りともさして変わらない。

それでも防府は出身地でもあるし、実家の両親が健在な間は見てもらっていたい。今後も出続けたいと思う。地元ゆえの応援も嬉しい。今回、マラソンを走るチームメイトの応援用に自家製のぼりを用意していたが、僕の名前入りの「ガンバレ」自家製ボードを作成してもらえた仲間もいてくれた。一生、忘れられない嬉しさである。

応援して感動

競技場前
自家製のぼりで応援

それだけでも充分、内容の濃い完走記ページになりそうなのだが、今回は自身の出場について以上に、何より、10kmレースが終わってからマラソンの応援に駆けつけて、感じられたこと、得たことが非常に大きい。

一言でいうと、マラソンを走る選手を見ていると、応援していると、伝わってくるものは果てしなく大きい、ということである。

昨年のこの防府読売マラソンの完走記で僕は「走りながら感動」と述べた。今度は「応援して感動」である。

僕が立ったのは36km過ぎの地点。ここで僕はトップの里崎選手から最後尾ランナーまで、全ての選手の通過を見た。36km過ぎといったら説明の要もないが、過酷な地点である。とりあえずの目標とする30kmは過ぎたが、終わりが見えてくる40kmにはまだ遠い。既に充分、苦しんでいるところに「まだ残り6km以上もあるのかよ」と恨みたくなる、一番、気持ちが折れそうになる(既に折れている)箇所である。

それでも「まだ、ここから」。マラソンの真価が問われてくる場所である。分かっているからこそ、昨年の僕が応援に力づけられた、勇気付けられたように、走りながらともに闘っている選手を応援したいと思った。今年は僕も力の限り選手を応援してあげたかった。

後に残るのは

ただでさえ苦しいところに、この日の寒波による異常な冷え込みで、体力も脚力もそがれてしまった選手の表情には、皆、一様に何ともいえない疲労の色が浮かんでいる。安易に「ガンバレ」という声をかけるのが憚られるような雰囲気さえある。「もう、充分、頑張っていている。これ以上、どうガンバルというのか」と訴えてくるものがある。それでも、かける言葉は「ガンバレ」以外に思いつかない。

昨年、25km過ぎまでずっと集団を形成した、あのとき、一緒にいた十数人の選手はほぼ、今年も出ている。県内ランナーでいえば5人。県外選手も知る限り、3人。県内では、エントリーしなかった、また、出走しなかったのが僕を含めて3人に過ぎない。

完走記でも「戦友」のような「不思議な連帯感」と述べたが、応援していても、それははっきりと感じられた。この時点ではとうに順位もばらけて、選手は一人一人、距離を置いてやって来るのだが、離れている選手の間にも、そして僕にも、結ばれた線があるように感じた。あのときの集団のみならず、全国各地のレースで度々、一緒になるランナー仲間にも。今回、一緒に闘えないのが残念であったが、同時に、応援できて、せめて同じ時間を、ほんの少しながら共有することができた。これまで気付かなかったことだ。

走っている時、応援を受けて力をもらえることは度々であったが、応援の側に立っても力付けられる。勇気付けられる。マラソンを走っている選手の姿は、伝わってくるものが全然、違う。既に気力、体力を使い果たして打ちひしがれている選手、なお気迫がこもっている選手、笑顔を見せる余裕のある選手、皆、さまざまであるが、誰もの走りぶりに心を打たれた。

二年続けて荒天に見舞われたのは不運といえば不運で、「もう二度と防府になんか出ない!」と思った人もいるかもしれない。けれど、この経験は必ず活きてくると思う。記録は惨憺たるものでも、レースの中身が後々に記憶に残る。身体に残る。○分○秒という数字が自分を支えてくれる訳じゃなくて、どう走ったか? の方が、自分の人生の糧になると思う。そういう意味では、またとない経験ができたはず。

僕も昨年の完走記で記したように、あの経験は非常に得難いものであった。あのとき、走りきったことの満足感は大きい。あれを経験しておいたからこそ、あのとき感じるものが大きかったからこそ、今回の福岡での記録に結び付いたと思っている。

僕も今年の厳しいコンディションの中で、あの苦しい中を走っている選手を応援できたことを嬉しく思っている。

強さの秘密

雨が降ろうが、風が吹こうが、寒かろうが、雪が降ろうが、走る人は走る。そもそもがマラソンは苦しいスポーツ。こんなときに本当の強さというのが現れる。翌日の新聞記事から2人、ご紹介。

フルマラソンの県勢では山口市楠木町、済生会湯田温泉病院の介護士、伊藤正悟選手(34)が2時間29分49秒の20位でトップだった。

2004年の大会でも一般参加の県勢トップだったが、05年は30キロ地点でリタイア。「今回の目標はあくまで完走。体の芯まで冷え込む寒さで、終盤の風も追い打ちをかけ、ペースがあがらなかった」と振り返る。

西京高駅伝部出身。旧徳地町で育ち、社会人になってから挑戦したマラソンの原点は、子どものころから応援に出かけていた防府読売だった。「職場の仲間がポイントごとに沿道に立ち、手旗を振りながら大きな声で応援してくれたのが、何よりうれしかった。自分のホームレースなんだと実感した」と胸を張る。

「普段の練習や、レースに向けた調整が大事なのは基本だと思うが、当日の体調や沿道の声援がレース結果に直結することもある。走るたびにマラソンの奥深さにはまっていくよう」。これからも大好きな椹野川の河川敷を走り込み、来年の大会でも力走することを誓った。

(2006/12/18 読売新聞)

いいコメントだね。新聞紙面には競技場に戻ってきたときの写真付き。2年前にも県勢トップとはいえ、タイムは不本意だったろう、その時はうつむいていた写真だったけど、今年はいい笑顔! マラソンでも笑顔は大切だ。もちろん、今年のタイムも本人にも周囲にも全然、物足りないけれどタイムが全てではない。ゲブレシラシエも笑顔を絶やさない。強い人間はこうでなくては!

もう一人は、フルマラソン100回完走の鉄人。

「自分に対して、無理をしないこと。それが長く走る秘訣(ひけつ)です」。北九州市八幡西区の江頭徹さん(45)(福岡陸協)は2時間36分45秒の39位でゴール、防府読売マラソン大会の出場20回目となる今大会で、通算のフルマラソン完走100回を達成した。1986年に走り始め、会社勤めの傍ら、早朝と昼休み、週末を中心に月500キロを走り込む。この日は、数年前から抱える座骨神経痛のため、10キロ過ぎからペースダウン。それでも、残り12キロの地点から13も順位を引き上げ、健脚ぶりを見せた。

ゴール直後にもかかわらず、ほとんど息を乱すこともない“鉄人"の来年以降の目標は、「北京五輪の選考レースで、一流選手と同じスタートラインに立つこと」と意気盛ん。防府読売は過去6回も自己記録を更新してきた縁起がいい大会だけに、「何歳になっても、この大会だけは出場し、完走を続けたい」と誓った。

(2006/12/18 読売新聞西部本社)

第37回防府読売マラソン:九州発:YOMIURI ONLINE


「防府は大好きな大会」──防府出身者として、一県民としても非常に嬉しい言葉。防府市民も感激だろう。2年続けて天気が荒れて、防府はコースが面白くないから、田舎で応援が少ないから、行きにくいから・・・という声もあるかもしれないが、他でもない実力ランナーからそう言われると、大会関係者も胸を張って誇れるし、嬉しい。その一言に、嬉し涙を流される方はきっと多いはず。2年続けて選手以上に寒い中、沿道に立っておられたスタッフや応援の方も報われる。

強い人間はこうでなくては!


第37回防府読売マラソン (山口放送)



 

  Related Entries


Message

メールアドレスが公開されることはありません。