第60回福岡国際マラソン選手権大会 6

2006/12/03 平和台陸上競技場発着

マラソンは言葉のスポーツ

「野球は言葉のスポーツ」という本があるようだが、マラソンも野球以上に言葉のスポーツだと思う。

42.195kmを走り通す間、ずっと僕は心の中の自分と対話をしている。練習の時からそうだ。いわゆる「身体の声に耳を傾ける」。多くの人も自分と話しながら走っていると思う。きこえない僕の場合、練習でもレース前後でも、誰かとちょっとした話をすることもない、簡単な会話さえ困難だから余計にそうなのかもしれない。自分との対話が多くなる。それでこのホームページも間もなく5年になろうとしている。完走記も長くなる・・・。

自分をどう励ますか、どう鼓舞するか。沿道の応援や声援を受けつつ、これまでの自分を支えてくれた人に思いをはせつつ、そして、ひたすらに自分を駆り立て続ける。

特にマラソンという競技は、他の誰かとの勝負という以上に、自分との闘い。弱気になろうとする自分に打ち克たないといけない。今回のレースでも、ずっと自分にいいきかせていた。最初に書いたように、「あと42.195km」でいいんだ。「目標に向かって努力できる幸せ」という言葉を繰り返した。苦しくても、今、自分は目標に向かっている幸せを味わえているのだ、と鼓舞し続けた。レースでも練習でも。きついけど、逃げたいけど、例え、結果は出せずに終わってしまうかもしれないけれど、「目標に向かって努力できる」ことは「幸せ」なんだと。

新しい自分に出会うためには

同じく最初に紹介した高野コーチの言葉にも大いに力付けられた。「ゴールには新しい自分が待っている」「スタートラインに立つのは、これまでの自分と決別すること」「古い自分を捨てて新しい自分に会いにゆくのだ」。

今回の僕のように、自己ベストにとどまらず、サブ30を目指すことは、自分でも可能性はかなり低いと思っていた。前回、記したように、2千人を超える全国の同年齢ランナーが挑んで、一年間、一人達するかどうかの、しかも、僕の場合、まだ成功経験を持っていない境域に達することは、数字的、パーセンテージ的にいえば、一桁に届くかどうかの可能性だろうと考えていた。

ならば、これまでの自分を徹底的に越えないといけない。これまでの、まあそこそこには走れるだろう自分に安住していてはいけない。黙っていては、リンゴは絶対に落ちてこない。

最初からペースは速かった。気が付くと集団にも付けずにまたもや一人で走っていた。25km、30kmも最速で通過していた。「行ける」という思いは浮かばなかった。「また潰れるのでは」、「かつてない潰れ方になるのでは」という不安が繰り返し襲ってきた。

でも新しい自分に出会おうと思ったら、この不安と苦しみを越えてゆくしかない。高野コーチのいうのは、ただ走れば、スタートラインにつけば、新しい自分に出合えるわけでないことは明らかだ。それまでの自分と同じことをしていて、新しい自分に出会えることは絶対にない。新しい自分に出会おうと思ったら、未知の領域をこじ開けてゆくしかない。レース中も絶えず、そういいきかせて自分を鼓舞し続けた。

人生に必要なのは、勇気──。

皇帝ゲブレシラシエの「折れない心」

折れない心
The Method #3
for All Runners

優勝のゲブレシラシエも然り。adidasのシューズ、「アディゼロ」シリーズを紹介するリーフレットで、皇帝ゲブレシラシエが語っている。大会直前に立ち寄ったスポーツ店で、偶然、見つけて取って帰っていたのを、レース前夜に静かな気持ちで読んだ。

筆者(インタビュアー)は、『速すぎたランナー』の著者、増田晶文氏。羊の本棚でも取り上げているが、この人の膨大な量を重ねたのであろう、正確な取材、そして落ち着いた筆致には好感が持てる。

タイトルは The Method for All Runners という、シリーズもののようである。

増田氏が記しているように、まさに皇帝の珠玉の言葉が詰まっている。以下、長いが、一部を紹介すると──


#3 皇帝かく語りき ハイレ・ゲブレセラシエ「折れない心」。

ゲブレセラシエは現在、特定のメンタルコーチと契約していないし、おそらく今後もそういう選択をしないだろう。

「だって走るのは私ですし、そのためのアクションを起こすのも私です。コーチが代わりに走ってくれるわけじゃない。強い選手は誰もが自分自身のことをよく知っています。・・・ 私は自分にとっての最高のメンタルコーチでありたいし、そうあるべきだと信じています。」

* * *

心というのは黒板と同じ──彼はそういうと、片手にチョークを、もう一方の手に黒板消しを持つジェスチャーをした。

「黒板には自分にとってのプラスになることだけ書くんです。もし誰かがマイナスなことを書いたとすれば、そんなことは消してしまえばいい。レース前の私なんて、黒板中が勝利という文字で埋まっていますよ」

* * *

「不可能という言葉を鵜呑みにしてはいけません。その瞬間に未来を切り拓くことを放棄したことになります。不可能を口にするというのは、努力を厭うための言い訳でしかありません。不可能とは、今はまだ可能ではないという状態です。可能に向かう途中の通過点です。そんなところで足踏みしていたら、ゴールになんか到達できません」


ハイレ・ゲブレセラシエ「折れない心」。

これにも大いに力付けられた。レース中に思い出していた。チョークと黒板消しは、鉛筆と消しゴムでもいい。ペンと修正液でもいい。心ない周囲の雑音もレース中に現れる不安も、ことごとく黒板消しで消してしまえばいい。「目標に向かって努力している幸せ」は、そのまま「可能に向かう途中の通過点」だ。

「折れない心」というフレーズもすごい。マラソンに限らず、長距離を走っていて、気持ちが折れない選手はいないだろう。レースの都度、レース中も何度も・・・。1万m、ハーフマラソン等で自己新記録、世界新記録に安住せず、二十数回も更新し続けている皇帝の強さは、まさにこの言葉を実践しているからに他ならない。

言葉は大切だと、つくづく思う。

僕もホームページを持って間もなく5年。誰かのためになるものではなく、どこまでも個人の趣味のページに過ぎないが、相変わらずセンチに流れやすく、感じることは長文になってしまうが、思いを言葉にすることで、言葉を選ぶことで、自分が形作られてゆくことを感じることができる。弱い自分を認めて、少しでも強くなれるように、もがいている、模索していることが自覚できる。そのメリットは計り知れない。走ることに対しても、そして生き方に対する認識も変わってくることは確かだ。


 

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