第60回福岡国際マラソン選手権大会 3

2006/12/03 平和台陸上競技場発着

人生で一番幸せな時間

平和台競技場
平和台陸上競技場

今回、聴覚障害者の記録更新でもあったことから、大会翌日の朝日新聞に記事にしていただいた。数行の小さな掲載だが、さすがは常に字数の制約の中で記事を書いている記者の方だけあって、まとめ方が見事。取材自体はかなり時間をかけてきかれたのだが、そのうちのエッセンスを絞り出して仕上げていただいた。


手前味噌になることを許していただき、今回限り、掲載してみると──

聴覚障害者の国内最高タイ記録を持つ山口市の・・・(39)

記録を2分以上縮める2時間29分05秒。両手でガッツポーズしてゴール。30分を切ることは長年の目標だったが「年齢的にラストチャンスかもしれないと思っていた」。集団から外れ、一人で走り続けたが、更新を確信した最後の5キロは、「人生で一番幸せな時間でした」。

2006/12/04 朝日新聞

ここに書かれたとおり、更新を確信した最後の5キロは「人生で一番幸せな時間」だった。

マラソンという競技で最後の10kmは最も苦しい箇所である。残り5km、3km、1km・・・、人知を超えた苦しさとの闘いである。けれども今回の僕は、最後の5km、長年の目標を達成できる幸せをかみしめて走っていた。

幸せというのは、何かを達成したまさにその瞬間、あるいは、心地よい満足感に浸っている時間のことをいうだろうか。それとも少し違うような、今まで感じた種類とはまた別の幸せであった。

迫りくるゴールに向かって、他ならぬ僕自身がゴールに向かっている。刻々と時は刻まれてゆく。いうまでもなく、タイムを競う競技であるから、1秒でも早くゴールしたい。ゴールせねばならない。反面で、今、この瞬間は、自分が悲願を達成しようとしているのだ、と間違いなく思える時間である。喜びという言葉では言い尽くせないほどの思いがこみ上げてくる。全身が震えてくる。

誰かに与えられた幸せではない。目の前に転がってきた幸運でもない。自分が設定した、しかし可能性は極めて低いことを自覚せざるを得なかった目標。長い年月をかけて、ようやく飛び越えてゆける喜び。大袈裟といわれても、笑われても、何といわれても、自分の人生で一番、幸せな時間であった。この幸せにいつまでも浸っていたい。1秒でも長くこの幸せをかみしめていたい。そう思いながら、平和台競技場に向かっていた。至福の時間であった。

マラソンの魅力を再認識

あらためて思うにマラソンは罪な競技である。レース自体の苛酷さは無論、レース当日までの長い準備期間。毎日、欠かせぬトレーニング。途方もない練習量。練習を離れても、日々の生活の、生き方まで問うてくる。それでいて、必ずしもいつも満足できる結果には終わらない距離。むしろ、失敗であり、不本意に思うことの方が多い。一年かけて身体を作り上げて、目標を果たせなかったときの無念さ、悔しさ。このホームページにも、完走記という名目で、屍のごとく累々と積み上げられてゆく。目標が高ければ高いほど、満足できるレースは数年かけて、十数本走って、一本あるかどうか。

それでも、それがゆえに人を惹き付けるのがマラソン。僕もこれからまた懲りずに走るだろう。時には勝負を求められるレースで、また、さらなる記録更新を狙って。きっとまた、繰り返し、大きな壁にぶつかるだろう。苦しむだろう。分かっているだけに、今回のように走りながら幸せを感じるなんて、そうあることでない。満足度は目標をどこに置くかのレベルで変わってくるが、この先、今回ほどの幸せを感じることはないだろうと思える。僕にはそれくらいの悲願であった。簡単に達成できる境地でなかった。

マラソンという競技でなければ、42.195kmという距離でなければ味わうことのない苦しさ、つらさ、時に拷問のような最後の数キロのおぞましい時間。けれども、それが至福な時間に代わりうる可能性もまた、一方で用意されている。

最後の5km、幸せの領域に足を踏み入れ、一歩一歩、夢に近付いていたあの瞬間を、ゆっくり振り返ってみたい。


 

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