第60回福岡国際マラソン選手権大会 12

2006/12/03 平和台陸上競技場発着

周囲のおかげ

夢を叶えることができて、目標を実現することができて、その要因を考えるとき、あるいは要因以上に副産物として、人として成長させられたことが大きい、と感じている。

練習が全て自分一人だった、レースも孤独な走りが続いたとはいっても、自分一人で走れたと思っている訳でも、走れるという思い上がりを得たわけでもない。

具体的なアドバイスをはじめとして、多くの人と接する機会を持てた。決して多くはないけれど、このホームページを通じても知り合うことができたランナー仲間を抜きにしては結果もあり得なかった。

40歳超でなおサブ30を維持されている、全国に名の知れた鉄人、徹人ランナーEさん。ホームページをきっかけにメールをもらえるようになった。さながら通信教育、今風にいうと "e-Learning" であったが、2年間も親身にアドバイスいただけながら、その恩に報えないでいる自分がはがゆかった。情けなかった。走ることはどこまでも自分一人の好きであって、誰かのために走っている訳ではないけれど、妻やEさんのためにも目標を達成したかった。それができて、ほっとしている。

ホームページやブログを通じてネット上で知り合えた人、まだ会ったことはないけれど、の人も。お互いがんばろう、というだけで、「ガンバレ」と応援してもらえるだけで、どれだけ力になることか。ネットの普及がなかったら、ここまで知り合うこともできなかった、仲間が増える、輪が広がることもなかった、と、とても感謝している。

ろう者記録更新

ろう者記録更新については、それまでの記録を持っていたのがNさん。サブ30の手前に、Nさんの持つろう者記録(2時間31分30秒)のあったおかげも大きい。4年前の別大でタイ記録*に並ぶまで19年、今回まで実に23年かかっての、あまりに遅い更新。これも長い悲願であった。更新できたとはいえ、トレーニング論をはじめとして科学的技術的進歩に支えられた今と昔とでは、記録の尺度もまるで違う。あらためてNさんの偉大さを思う。

*
タイ記録──2時間以上走るマラソンという長丁場の競技で、一秒違わず並んだ、恐ろしいほどの縁を感じる。今回の僕の記録について、年末、朝日新聞の山口版で記事にしていただけたのだが、同じ日(12月28日)にNさんも年間50勝を達成したという記事が同じように地元紙に掲載されていた。よくよく縁のある方である。


僕にはあくまでも自分にとっての、個人的なサブ30という目標が何よりであった。記録は必ず破られるもの。越えられるためにあるもの。次のろう者が努力すれば、すぐに追い越してゆけるだろう。

それから、デフリンピックイタリア大会代表のMさんと知り合えたおかげが大きい。全国でも数少ない、志を同じくする聾ランナーとして、お互い、ずっと励まし合うことができた。僕が34歳以後、マラソンに腰を据えて取り組むようになったのも、彼に追いつきたかったから。彼と出会わなければ、これほどには走っていないだろう。これからもお互い、よきライバルとしてなお競い合ってゆきたい。

Win-Win

目標を達成できて、多くの人からお祝いの言葉をいただけたことに感激し、感謝している。中で、U君が「努力は報われるんですね」といってくれた言葉が胸に沁みた。自分自身、感じいった。誰もが当たり前と思っている言葉の、でも他でもない彼から、そう言ってもらえて「そうだ、報われたんだ・・・」と初めて自分のしてきたことを現実のものとして思えた。

マラソンはスポーツであり、競技である以上、順位があり、勝負がある。走ることは常に誰かと競い合う競技であるけれども、同時に、誰かとの勝負というより自分との闘いという側面の方が非常に大きい。誰もが自分の目標を持てる。目標に向かって努力してゆける幸せが用意されている。誰かを負かせて自分が勝てばいい、Win-Loseばかりでなく、相手も自分も勝つことができて、双方が喜び合えるWin-Winの関係をつくれることが、この競技が老・壮・青年のいずれにも愛される所以だろう。その中で人としても成長してゆける。魅力的な人に出合える。

今回の僕が、周囲に助けられた、力をもらえたように、努力し続ける仲間を僕も心から応援したい。

第5回でマラソン人生の棚卸しと記したが、僕にはこれからが第4期になるだろうか。もちろん、僕も再びスタートラインに立ち直して、また新しい自分を探しにゆくつもりだ。


夢に見た瞬間
夢に見た瞬間
(朝日新聞社提供)

 

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