第60回福岡国際マラソン選手権大会 11

2006/12/03 平和台陸上競技場発着

運は先延ばしに

話は前後するが、昨年の防府の経験が活きたように、3ヶ月前の夕やけマラソンの無念さも無駄にせずに済んだ。誘導の不手際を責めるつもりは、もう毛頭ないけれど、自分一人、3km近く余計に走ってしまった悔しさ。あのとき、九州一周駅伝メンバーらを抑えて総合初Vを手中にしながら、逃した「大魚」の大きかったこと・・・。

でも、悔しさを封印して耐えた。直後こそ怒りも爆発したけれど、「ここで使い切ってしまわなかった分、この運はきっとこの先にもっといい形で得られるはず」そう慰めて、必死に忘れようと努めた。みんなが10km走るところを自分は13km練習させてもらった。不遇を一度、経験しておけば、以後が楽だ。練習でもレースでも、プラスαの距離にひるまないように、「あのとき」が再びあってもいいくらいの度胸はついた。

九州一周駅伝といえば、彼らメンバーに負けぬように、という思いもいい方向に働いた。ランニング・エトセトラでは、カネボウなきあとの山口県チームが市民ランナー主体のメンバー構成となったことに「自分も入れないでもない」などと記したが、それはすぐに反省させられた。やはり、ハイレベルな大会の駅伝に求められるスピード、若さは自分にはない。県勢代表としての彼らを応援すると同時に、それでも、せめて自分はマラソンで一矢報いたい、と思いながら練習に励んだ。

1回のチャンスに出会うために

大会前々日から、12月限定の3週連続ドラマとして放映された「笑える恋はしたくない」(TBS)。お笑いブームで今をときめく、しずちゃん(南海キャンディーズ)と河本(次長課長)が主演の「クリスマスまでにどちらが先にひとりを卒業するか」のコメディードラマであったが、なかなかどうして、相当に内容の濃い、ベタな展開がストレートにホロリとさせる感動のドラマであった。

しずちゃん演ずる静音がいわく

「99回ダメでもいい。100回目に出会えることを信じている」

「100人いたら、1人くらいは自分のことを認めてくれる人がいるかもしれない。だから、その1回のチャンスに出会うために、100回全力で頑張らないといけない」

泣けてくるセリフである。マラソンも同じかもしれない。マラソンの場合、「ダメ」と見切ったときは、うまく力を抜くことが本当は大切である。今回、期待されながら成績のふるわなかった藤田、尾方選手にしても「力を出し切らず(完走せず)、次回のチャンスに賭けた方が良かった」という評も確かにある。けれども、トップランナーならいざ知らず、それで生活しているわけでもない市民ランナーとしては気持ちは全力でぶつかり続けたい。力を出し惜しみせずにぶつかり続けていれば、いつか1回くらいはいいチャンスに巡り会えるんじゃないか。

運はどこでどう転ぶか分からない。

待たせ続けて

競技場にてあと195m
あと195m

39km、那の津大橋で2人の選手に抜かれたが、頑張れば僕ももう一人くらいは抜かせそうに思えたが、もう無理はせず、今、自分が間違いなく夢の実現に向かっている過程にいることを心ゆくまで味わわせてもらおうと思った。

マラソンでゴールするとき、人はどこで感動を覚えるのだろうか? ゴールの瞬間か? ゲートをくぐって競技場に入ってくるときの歓声を受けた時か?

このときの僕は、最後、浜の町公園を左に折れてから福岡城跡のお濠が見えたとき、そこで突如、沿道の応援者が詰めかけているのを知った41km地点での瞬間だった。「まだかまだか」と選手がやって来るのをのぞき込むようにしている観戦者の顔が目に入ったとき、僕も思わず声を上げそうになった。あとはもう、競技場前最後の坂も、坂とは感じられないくらいの夢見心地だった。

競技場手前でサングラスを外す。妻の姿を探したが、どこにいるのか見つけきれない。でも、必ずどこかで見てくれているはずだ。妻にも長いこと、待たせ続けてしまった。

「やっと、できた──」

そう語りかけたつもりで競技場に足を踏み入れた。

競技場で待つ妻をやっと、満足させることができた。一番、身近なところで支え続けてくれた妻。この数年間、毎シーズン、毎回のように何度も目標を語りながら、「またかなわなかった」僕を慰め、側で支えてくれた。

走っている僕自身はダメでもあきらめがつく。納得できる。力の足りないことがいやでも分かる。でも、待つ方はつらい。僕のスタート後、最後は必ず競技場で待ってくれている妻。時計を見ながらいつも祈っていたに違いない。でも「また帰って来れなかった・・・」と、何度、落胆させたろう。別大で思わぬ快記録に歓喜してから4年間。次こそ、次こそ・・・と挑み続けて12回のマラソン。いつも夢果たせずに終わっていた失望の繰り返し。その思いがあったからこその、僕一人にとどまらない幸せであった。

競技場正面、残り400mで再び2年前を思い出す。選手が続々とゴールしてくるのをスタンドから観戦していた自分。各選手の胸中は様々なものであれ、やはり最後の競技場一周、長い距離を走ってきてここまで辿り着いた、完走直前の選手の姿ほど見る者の心を打つものはない。それを今度は自分が演じられている。


 

  Related Entries


Message

メールアドレスが公開されることはありません。