第7回玖珂桜づつみロードレース

2006/01/15 玖珂桜づつみ公園発着

昔、所属した野球チーム

玖珂桜づつみロードレース
のどかな川沿いコース 筆者左端

僕が走り始めたのは最初の勤務地の岩国で年に一、二回、駅伝を走ったことがきっかけなのだが、二十代前半の当時、独身ゆえの時間とエネルギーの大半を費やしていたのが野球(軟式)とソフトボールであった。

入庁(配属)するや、生活も落ち着かぬ間に職場の上司(監督)に誘われて入った野球チームがこの、岩国の西に隣接する玖珂(くが)町を本拠とするチームであった。野球やソフトボールは県や市単位で、A、B、C・・・級あるいは1部、2部、3部・・・とクラス分けされているのだが、このチームは県のA級に属する立派なチームだった。Jリーグのサッカー同様、どのチームも必死に上位クラスを目指し、かつ昇級は容易ではない。このチームも懸命な努力でやっとA級入りをつかんだばかりのところであった。

そこに僕はひょいと入れてもらったわけである。A級入りすることがどんなに至難か、相手チーム(ほとんど全て企業チーム)と対戦すればイヤでも分かったし、こちら(山口)にきて作ったソフトボールチームなど市の3部リーグでさえほとんど勝てなかったくらいだから、監督に巡り会えたことを幸せという他ない。平日には職場でソフトボールを練習し、週末には野球の試合で県内をまわっていた。あの頃、僕も学生時代以上に楽しく情熱を注げたし、体育会系クラブとしての部としていた学生時代以上にこの頃の方がうまかったと思う。直属の上司には「どうかその情熱を仕事に注いでくれ」と繰り返されたくらいに・・・。職場も、監督や上司や同僚や先輩や・・・、いい職場に恵まれて本当に幸せであった。

この野球チームの良さはクラブチームであったこと。僕は3年後の転勤と同時に離れざるを得なかったが、仕事のそれぞれ違うメンバーが、地元の顔見知り(子どもの頃からの)で結束されているがゆえに非常にチーム内の雰囲気がいい。仕事の延長でないから遠慮も要らず、皆、ざっくばらんな性格で、僕もあたたかく迎えられて溶け込めた。僕より若く高校を卒業したばかりの者もいれば、還暦を迎えようとする方──監督もそうだったが、これがまたすごい球をビシッと投げられるから驚く──もいて、みんながチームを愛し、誇りに持っている、幅広い年代でつくられる地域チームというのが、何とも心地よかった。

その後、僕も新聞でチームの結果を追っていたり、冬には地元の駅伝大会にもチームで出ていることを見てがんばっているなあ、と嬉しく思っていた。今回のロードレースにも多数、出られていて、あれから十数年、久しぶりに僕もお会いし、少し話ができ、懐かしさをかみしめた。昔は車のトランクにグラブ一式を積んで、どこでもキャッチボールしていた僕だが、今では物置の奥。グラブに手を通すことも年に一度か二度、くらいに「変わって」しまったのだけれど、今回、変わっていないメンバーを見て、今もこれからもずっとチームを愛し、地域で活動するメンバーが羨ましく思えた。僕も少しの間でも一緒にプレーできていい時を過ごせたことを今もこれからも懐かしく幸せに思う。

郷土愛

レースの方、隣町の出身である井生君が招待選手。現在、順大4年生。1、2年次には箱根駅伝8区で続けて好走したこと、高校時代も高校駅伝、都道府県対抗駅伝で活躍したことなど、記憶に新しい。今年の箱根、順大は優勝間違いなし、と思われていたところにまさかのアクシデントに襲われた。彼は故障で練習ができていない、ということだったが、かつて2度、走った8区での、同学年主将のアクシデントには彼も複雑な思いだったろう。

毎年、箱根で、また、卒業後も実業団入りして活躍する県出身選手は多い。ただそれが東京、福岡、広島・・・なのが少し、残念。本当は山口に帰ってくれるのが一番なのだが。井生君には是非、卒業後は山口に帰ってまた活躍してほしい。こうした小さな大会でも郷土出身選手の出場は子ども達に夢を与えたことだろう。

地元愛──を考えさせられて嬉しくなった大会であった。

10km 記録:33分12秒 総合1位/106人


 

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