第55回記念別府大分毎日マラソン

2006/2/5 大分市営陸上競技場発着

惨敗

今年は県庁から3名が出場

目標としている2時間30分に遠く及ばない、2時間39分11秒、104位の惨憺たる結果で終わった。話にならない。

例年と違い、前半が追い風という珍しいケースであった。走りながら、「これは前半ガマンして後半に抜け出す」という別大のセオリーが通用しないことにはすぐに気付いたが、この条件でも前半でペースに乗れずじまい。あるいは、だからこそ後半に備えてあえて前半を抑えるべきだったか?いずれにせよ、後半、風が無くても苦しむ30km以降の失速分をカバーできなかった。力不足、の一言に尽きる。

トイレアウト

敗軍の将、兵を語らず、ではあるが・・・。

それだけに終わらず、ひどい結果に終わってしまったのは、初めてのアクシデントがあったこと。30km過ぎ、昨年12月の防府にほぼ同じタイムも「まだまだ力は残っている、今日はここからあきらめない」つもりでいたのだが、前半から少し、異変を感じていたのが腹の調子。腹痛に見舞われてしまい、集団がばらけたとき、力を入れて追いかけるべきところが、一気にペースダウン。

35km過ぎでは完全に記録の夢がついえ、大分市街に入る頃には緊張の糸もぷつりと切れた。ここからは記録はもちろん、完走目標でもない、ただひたすら、頭の中はトイレをどうするかだけでいっぱい。既にまともに走れる状況でなかったのに、また、記録もムリと分かっていても、それでもトイレアウトする勇気がしばらくはもてなかった。

レース中のトイレはトップレベルの選手でも珍しくなく、一昨年の防府でも旭化成の渡辺選手が3度、コースアウトした(それでも完走して6位)。昨年の大会の松山選手も然り(それでも2位)。レベルは全く違うが、山口では来月、秋吉台カルスト高原マラソンが予定されている。ずっと以前のその大会、ハーフの部に出場したとき、国定公園の中で堂々としゃがみこんでいたランナーのむき出しの尻を見せつけられたこともあった。

それでも僕はこんなことが初めての経験だっただけに、いったん走りやめてしまった後、再度、走れるかどうかの怖さで、コースアウトを躊躇してしまった・・・。あと8km、7km、・・・何とか走れるんじゃないか、と苦しいガマンをしながら徐行していると、かなり差のあった後方の集団選手にもみるみる追い抜かれていく。不幸中の幸いなのは大分市街地で、沿道にはレストラン、コンビニ等、借りれそうなトイレはいくつかあったこと。足もそちらを何度か向いた。

残り5、4、3km・・・。全然、別の意味でのカウントダウンをしつつ、40km通過、あと2km・・・。ガマンは限界。舞鶴橋から先は駆け込むトイレもない、と観念してようやく駆け込んだ(もちろん、今回の僕が初めてではなく、よくあることなのだろう、このお店、快くすぐにトイレを貸してくださった。本当にありがとうございました)。

それにしても、のひどいタイム。数分のトイレ中も含めて、終盤、50人以上に抜かされたろうか。特に別大はやはり、2時間40分前後のランナーがひしめくから、押し寄せる人波のごとく抜かれ去られた。

レース翌々日の毎日新聞の記事では「絶好のコンディションであったのに、ふがいない日本勢」と評されていた。確かにマラソンは結果が全てであるから、1位になれなかった、また総じて記録も低調に終わった上位招待選手への厳しいコメントは当然であろう。ただ、絶好と言うほど楽なコンディションではなかった。競技場にいる限りでは風もなく、暖かいくらいで、実際に走るわけでもない記者にはそう思えるのかもしれないが、別大国道に出ると終始、風は冷たく、後半の向かい風には足を取られた。慰めてもらいたいわけでもないが・・・。

いずれにせよ、僕の走りは新聞記事でいうところの、まさに「ふがいなさ」そのもの。悔しい限りである。日々、支えてくれている妻をはじめとして、応援、支援してくれている方々を思うと、もはや自分1人のレースとはいえず、申し訳なさ、すまなさでいっぱいである。

マラソンは結果が全て。理由はどうあれ、この結果にはこたえた。しばらく立ち直れそうにないくらいの精神的ダメージである。

大会結果ページ(毎日新聞社)


 

  Related Entries


Message

メールアドレスが公開されることはありません。