第39回全国ろうあ者体育大会

2005/9/24、25 長崎県諫早市 県立陸上競技場

出場を迷ったが

第39回全国ろうあ者体育大会
開会式(長崎県知事挨拶)

例年なら9月中旬開催の本大会だが、今年は9月最終週。昨年に続けて、シティマラソン福岡とぶつかる。昨年は3連休、3連走を敢行したが、今年はそれも無理なスケジュール。それで最初、どちらに出場するか、随分、迷った。ともに申込期限は早い。当時、まだ坐骨神経痛の最悪の時期で、ハーフを走りきるのはとても無理だろうと思えた。この大会なら、2種目出場は無理でも、せめて5千mだけでも走ることができるかも、と思って、こちらを選んだ次第である。

幸いに坐骨神経痛と併発した膝痛の方は、徐々に治ってくれた。まだ痛みもしぶとく残り、再発の予断を許さないが、夕やけマラソンで意外に走れたこともあって、気持ちの方は少し、戻ってきた。こうなると、シティマラソン福岡も走りたかったなあ、と思うから、現金なものである。

走れるようになって虫のいい話がだが、しかし、大会直前になると、再度、出場を見合わせようかと随分、考えた。この大会に出る一番の目的といっていい友、そして最大のライバルの出ないことを本人から、あらかじめきいていただけに、長崎まで行こうという意欲がわかなかった。行って走ろう、という気になれなかった。8割方、行かない方に心は傾いていた。それでも、2日前に何とか気持ちを入れて出場を決めた。デフリンピックに派遣してもらったのだから、という思いもあった。

少し、さみしい思い

諫早公園 眼鏡橋
諫早公園 眼鏡橋

ところが、開会式会場の大村市に到着して愕然。昨年の最後に触れたように、特にろう者陸上界は、東日本に選手が偏っているから、長崎開催では参加者が少ないだろうことは予想できたが、まさか、ここまで少ないとは──。とりわけ長距離選手層の厚い、そして僕が一番、懇意にしてもらっている福島勢がゼロという衝撃的な状況。さみしい限り・・・。

出発前2日間で必死に自分を奮起させようとした思いが、ここでまた一気に底に落ちた。デフリンピック出場の他の3名と監督も来ていない。同じマラソンの泉さんは故障らしい。それがデフリンピックに起因するものかどうかは確認できなかったが、僕がそうである様に、彼女もダメージは大きかろう。故障というのもうなずける。そのあたりも含めて、話したかったのだけれどね。

それぞれに事情はあろうけれど、一人で気持ちを浮き沈みさせている自分が、律儀にデフリンピックの恩を果たそうとしている自分が、「ひょっとして大バカではないか」と思えた。長崎までやって来て、沈んだ気持ちで3連休を過ごすことになりそうな自分がみじめにもなった。でも、参加したくてもできない、リストラにあって再就職ができない、あるいは新卒でも就職口のない、とりわけ、ろう者には厳しい雇用情勢というのを知っているだけに、どうしようもないことかもしれない。

対照的に活況なのがゲートボールとボウリング。調べたわけではないが、この両競技は出場者も増えている傾向なのではないか。行きも帰りも電車の中でにぎやかだったのはゲートボールメンバーだったし、山口のボウリングチームには僕も誘われた。世の中が高齢化してゆくとき、この2つは手堅く競技人口の裾野が拡がってゆくのだろう(・・・と思っていたら、同じ日、山口県身体障害者ゲートボール大会で山口聴覚障害者チームが優勝していた・・・凄い。

湧かないモチベーション

長崎県立総合運動公園陸上競技場
朝から暑い長崎県立総合運動公園陸上競技場

そんな訳で、今回は一人でもトラックをぐるぐると走り続けよう、回り続けようという意欲──かっこよくいうと、モチベーション──との闘いであった。

運悪く、9月下旬というのに暑い。TVの天気予報を見ると、福岡、山口は割と涼しそうなのだが、長崎はまだ30度を超すという。1日目の5千mを走り終えたときにまず思ったのは、タイムの悪さに加えて、「5千でさえ頭の痛くなるような暑さの中で、明日の1万はどうなるんだ」と思ったこと。プログラム上、この大会、は必ず、5千と1万が正午前後に行われるのも危ないと常々、思う。おまけに強風波浪注意報も出る風の強さ。サブグランドはもうもうと土埃をあげていた。風は時折やむのだが、特に2日目など、1万の時に限って、30分間、ずっと強く吹き続けてくれた。

気持ちは萎えている。記録は絶対に狙えないコンディション。半分、泣きながら、これも試練、と受け止めて走りきった。タイムも全然、不満なものに終わったが、冒頭に書いたように、最初は出場できるかどうかさえ危うかった大会。悔しいと思えるようになった、走れる状態になっただけでもよしとせねば。

  • 1日目 9月24日(土) 5000m 12:40スタート
  • 13:00の大村市の天候
  • 気温28.8度 北北西の風 7m/s
  • 2日目 9月25日(日) 10000m 11:40スタート
  • 12:00の大村市の天候
  • 気温26.1度 北北東の風 8m/s

山口に帰ってきたら、涼しいどころか寒いくらいなのが、何とも皮肉であった・・・。

めざせデフリンピック!

めざせデフリンピック! 平和の街 長崎から
めざせデフリンピック!
平和の街 長崎から

今回、着たランシャツ・ランパンは、デフリンピック用に支給された「JAPAN」ウェア。胸の「JAPAN」と日の丸は少々、気恥ずかしいのだが、このウェアは上下白なのが気持ちの意味でも非常に涼しくて、暑い夏場に走るにはうってつけ。8月の十種ヶ峰と9月の夕やけでも着た。白は元々、大好きな色で、非常に気に入っている。最初、見たときは中学生の部活用みたいで幼いようにも思えたのだが、なかなかどうして、今ではお気に入りのウェアである。

凱旋というつもりもなかったが、ちょうど、今大会のスローガンは「めざせデフリンピック! 平和の街 長崎から」。

僕はまだダメージから脱し切れていないのに、早いもんだね(^^;)、もう、次のデフリンピックに向かっている訳だ。確かに、特に前回のデフリンピックはマスコミが好意的に取り上げてくれたり、ネットの普及もあって、で詳細に伝えられた。一気に認知度が上がった。今回の開会式で、地元の長崎聾学校の生徒が公言しただけでなく、今は若いろう者が「目標はデフリンピック」と言えるようになった。そういう地方の記事をよく目にするようになった(これもネットの普及ならではである)。

実は2着もあるこのウェア、今後も大いに着させてもらおうと思っている。普段の市民レースでは感じることはないが、こと今回のような場で、多少なりとも、他のろう者、若い競技者が見て、なにがしか感じるものを与えることができたなら、何よりである。

それから、いつもながら、競技の開催にあたっては、多くの地元陸協役員、その他のご支援、ご協力によるものと、感謝の念につきない。「陸上」の中にルールも内容も全く違う種目が何十もあるがゆえに、陸上は、全競技中でも最も、手間と骨の折れる、ある意味、非常にわがままな競技である。僕もトラックを走るのは敷居が高いと感じるし、あまり好きな方ではない(今年は一度も練習していない)。市民レースの方が好きだが、それでもこうして、陸上を愛するろう者が一同に会する機会があるのは素晴らしいこと。

白いかもめ
白いかもめで諫早を後に

今回も手伝いの気持ちだけで遠く仙台から来られた中村氏、いつも大阪の聾陸上を見守っている三枝氏等、彼らのおかげでろう陸上が支えられている。長距離系はまだ市民レースがある、市民ジョガーも多くてメジャーだが、短距離やフィールド競技に打ち込む選手は普段の練習でも試合でも、常に独りでのたたかいだろう。その姿勢から教えられることも多い。男子100m、200mを制した板鼻君、昨年は4×400mリレーで大会新を生んだのに続けて、今年は4×100mリレーでも大会新の快挙。是非、次回のデフリンピックに出場してメダルを獲って帰ってもらいたいと思う。


 

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