第35回防府読売マラソン

撃沈

緊張のスタート前
緊張のスタート前

久しぶりにつぶれた。思いもよらぬ撃沈であった。練習不足や、前半の明らかなオーバーペースなら納得できるのに、自分でも理由の分からない失速となった。

序盤、慎重に入った。「前半ははやる気持ちを抑えて」と言いきかせたつもりだった。1kmも走らないうちにもう、前の集団と数メートルの差がついたが、今日は無理して集団につくのではなく、あくまでも自分のペース感覚を信じていこうと決めていた。それは一応、うまくいった。イーブンペースを維持しつつ、10km手前で自然に前の集団に追いついた。ばらけ始めた17kmでも無理に追わず、自然に残った2人、また、3人で中間点、25kmを通過した。

20km以降、そろそろ乗ってほしい、力が入ってほしい、と思いながら、折り返し以降、前の集団が視野から消えてゆく。「まずいな」とはっきり思い始めた。27kmで追いついてきた新しい選手を加えて4人の集団で走っていたが、30kmで彼が力強く抜けて行った。31kmでもう一人抜けた。僕は全く動けなかった。時計を見る勇気がなくなり、35kmの設置時計で完全に記録をあきらめた。それでもやめるわけにはゆかない。「残り5km」の表示が出る前に「どうして?」という思いが強くなっていった。

最後はとことん苦しくみじめでも

2週前の福岡で不安が首をもたげ、先週の萩でもキレを欠いた。血液検査の結果がやはり悪化していたことで、納得しようと思えばできる。その他、要因を探し出せば、色々と出てくる。でも、抑えたつもりでも持たなかったのは、結局、脚力不足ということなんだろう。

折り返し
折り返し

練習の一環として走った11月の鱒渕よりも、単にタイム以上に、走りそのものが鈍ってしまう結果となった。序盤、抑えたつもりが、それは、うまくペースに乗れない消極的な走りだった、ということか。そう考えると、マラソンは難しい。

ハイペースのつもりはなかった、もがいたわけでもないのに、最後は完全につぶれた。38km過ぎ、最後の直線に出る前から泣きたくなった。やめたくなった。マラソンに慣れてきたつもりでいたから、余計にみじめになった。立ち止まりたくてしょうがなかったが、いったん足をとめたら、もう二度と走り出せないだろうという思いだけで足を前に出した。40kmの表示と、ラスト2kmの表示の間の、わずか195mの距離さえ、拷問のような時間だった。

悔しいし、とことん、みじめだった。でも、これがマラソン。醜態さらけ出しても、それが他でもない自分の実力。苦しさに身体が悲鳴をあげる一方で、走れるつもりでいた自分の甘さと現実の差を思い知るために、意地とかいうのではなくて、最後まで走れと身体は求めてきた。このみじめさを全身で背負わなければいけないことを思い知るための時間。懺悔するような思いで必死に耐えた。自分の不始末は他でもない、テメエが自分で最後まできっちり片付けろよ、という声に。

今回、自己ベストのT君には38kmで抜かれる。拳を差し出して追い抜いたのは、僕への「がんばれ」という意図だったのはもちろん、わかっていたけど、僕には、彼の力強いガッツポーズにもとれて自嘲せざるを得なかった。でも、なす術もない。先週、ラスト1kmで追い抜かれたSさんには、今度も、競技場に入る手前の、残り500m地点で抜かれる。Sさんもそう、よくはなかったようだが、42.195kmもある距離なのに、また最後で・・・。

とどめは、昨年、30kmからずっと追い続け、最後の最後、競技場でかわしたY君に、まさに同じ場所、第3コーナーをまわったところで今度は、僕がかわされる。蛍光イエローのユニフォーム同士で、昨年とは全く逆のシーン。1年後に、同じ手法を同じ場所で再現させられた。手痛過ぎる返礼――。膝から崩れ落ちそうになった。

昨年のゴール前
これは昨年のシーン

2004/12/19 防府市陸上競技場発着


 

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