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第30回団結駅伝
2004/02/21 セミナーパーク周回コース
1区4.32km
他に類のない大会
年が明けてからの市駅伝、先週の市民ロードレースでは気持ちが乗らずにぱっとしなかったが、この大会を迎えると意欲がみなぎる。アドレナリンが噴出する。
異様に盛り上がる大会である。
僕自身はこの4年、本格的に走るようになってから、防府読売マラソン、別大マラソン、中国山口駅伝、全日本実業団ハーフマラソンといったレベルの高い大会に出場するようになったけれど、それでも、これほど盛り上がる大会を他に知らない。何といっても同じ職場(組織)の所属対抗である。隣の課には負けたくない、同期のアイツには今年こそ勝ってやる・・・等々、普段から顔も名前も知っている者同士である。血が沸き立つのは自然な感情で、さらに県職員は異動も頻繁だから、昨年の友は今年の敵、また逆も然り、ということもあって、たかが駅伝とはいえないほどに勝負は熾烈を極める。エントリーされた150チーム超×5区間の選手、各所属の応援、役員を含めて約1500人という職員が一堂に集まる行事は他にない。盛り上がらないわけがない。
この時期、昼休みの県庁周辺はにわかジョガーも含めて「毎日がマラソン大会」のような、これも異様な光景に一変する。わずか、1~3kmの距離でもラップを計って日々の調子をチェックする人、練習とはいえ、抜かれたらムキになって抜き返す人・・・、老若男女を問わず、練習の時から皆、真剣そのものである。試走や週に1度の定期的な全体練習を繰り返すチームなどもあって、各選手の意欲の差はもちろん千差万別ながら、それぞれが燃える大会である。これほど参加して楽しい、また見る側にとっても愉快な大会はない。他に類を見ない大会である。
今年はすっきり悲願達成
週後半から数日、暖かい日が続き、この日も最高気温が20度まで上がるほどの陽気。軽くアップするだけで汗が出てくる。普段ならブレーカーを着込んで数周走っても汗のかけない僕が、暖かさのおかげですぐに動きが軽くなる。ここ2年は3月下旬から4月にかけて好記録が出始め、夏過ぎまで好調を維持してきた(そして秋以降に沈んでいった)、そんな具合に暖かくなると僕は調子が良くなるようであることが分かってきたから、この日の陽気は願ってもないコンディション。
昨年の1区1位は棚ボタで転がり込んできたようなもの。実質的には運に見放された2位(無念!)だったが、今年はすっきりと1位。自分で自分に雪辱できて納得。トラックを2周後、コースに出る直前で先頭に出てからは独走。ついでにいうと、どうしても僕はスタート直後に飛び出すというのが苦手である。僕以外の聴者にはきこえている「スタート1分前、30秒前、10秒前・・・」「!(ピストルの号砲)」が分からないからで(イヤな気持ちで待たされる時間だ)、僕は聴者と一緒のレースでスタート直後からトップに出るということができない。まあ、長距離でスタート時の0.5秒や1秒はどうでもいいわけで、だからこそ長距離をやっているのだけれども。
今月は大分で別大を走って翌日からすぐに東京に1週間、先週は福岡に3日間、と移動の続く忙しさ。練習はできていなかったけれど、おかげでいい休養になってくれた。昨年にぴったり同タイムの13分51秒という好結果は陽気と休養ゆえだったといえるが、5千、1万、ハーフ、フル・・・と全種目で自己ベストを出した奇跡のような一昨年の、その勢いで走れた結果の13分台はもう二度とないだろうと思っていたから意外だった。しかも、前方の1位を追う形で引っ張られた昨年と異なり、今年は独走でのこのタイムだから喜びも尚更である。とすると、余計に、同じ時期に同タイムが出せるのに、どうして別大で結果が出せなかったのか・・・と再び疑問がわいてしまう。
足元も決めて
ところで、実感こそないものの、最近、統計に表れ始めた景気回復の兆し、この大会も、なお重い個人消費を上向かせるのにちょっぴり寄与しているといえるかもしれない。
普段は全く走らない人、時々なら走る人もいつも走る常連も、この機会にあわせてウェアやシューズを新調したり、チームでデザインしたTシャツを揃えたり、もちろん、夜はチーム(所属)で打ち上げを行って・・・と、消費を刺激するきっかけであることは間違いない。
会場で選手の足元を注意して見ても、ニューモデルの新調シューズを履く人がたくさんいて、意気込みが伝わってくる(そうでなくては!)。それで今年、びっくりしたのが、ピンの付いているトラック用のスパイクシューズを履いている人も何人かいたこと。確かに、このクロカンコースはゴルフ場のように全面、芝に覆われていて、通常のシューズでは路面をグリップする力がないから走りにくい。「なるほど~」と、この会場になって8年目、ずっと走っていながらこれまで、スパイクで走るという発想などなかった僕は感心させられた。同時に、「どうしてスパイク持ってるの?」と思うような、普段、走っているとは思えない人が好タイムだったりすると、僕も来年(があるなら)、考えてみようかと思った。
トラックを走るのに必ずしもスパイクが必要なわけでもなく、年間に1、2回、使う機会があるかないかの、その上、とびきり高価なスパイクはおいそれと買おうという気になれない(陸上部でも持っている人は多くないだろうと思う)。「そこまでするか?」といわせそうな、この大会の尋常ならざる度合い、他に類のない大会、というのが分かってもらえると思う。
続・幸福の黄色い・・・
優勝チームは2位以下に大差をつけて2連覇を果たした「としけいA」(都市計画課)。これは大方の予想どおりだったが、2区から3区走者へのリレー時点でなお2位に24秒もの大差をつけ、3区途中まで1位をキープして会場を青ざめさせた(!?)のは我が所属「とうけいA」(統計課)。これは課としても快挙の出来事だった。
県庁陸上部にとっても、普段はタスキをつなぐ者同士がこの日はチームを異にしてライバルに立場を変える。でも、普段は運営や役員の側に回ることが多くて、部員みんなが一選手として走る機会というのもそうないことで、所属やチームを超えて応援の気持ちが強くなる。とびきり明るいイエローユニフォームが広がる青空のもとでとてもよく映えて、「やっぱり、幸せないいウェアだね」と思わせた好天の一日だった。
2004-02-28









