第37回全国ろうあ者体育大会

一年ぶり再会

開会式会場で1年ぶりに出会った彼が、ランニングウェア姿で汗をかいているのに驚く。この日は台風14号が通過した直後のフェーン現象の影響で異常な暑さとなっていた、その正午近くの時間というのに、会場近くを軽く走ってきたのだという。ウェア姿で見ると、彼が順調にトレーニングを積んできていることが一目でわかる。ライバルMさん。

ともに5千mと1万m部門に出場するランナー同士。初めて会った一昨年の和歌山では、圧倒的な力の差を見せ付けられた。何となくその前年、マラソンを走るようになっていた僕が、彼に出会ったことで真に競技に“目覚め”た。このときからはっきりと記録を、またタイムを強く意識するようになった。何とか彼に追い付きたいと必死になって臨んだ昨年の仙台で、練習の甲斐あって今度は僕が彼に勝つことができた。

そしてまた今年、再び彼に打ち負かされた。5千m、1万mともに完敗。まるでオセロゲームのように勝負を引っくり返し合っている。

久しぶりの競技場、トラック

周囲を山に囲まれた長野運動公園競技場。標高は随分違うはずだけれど、同じく盆地で周囲が緑の山口にも似た感じだ。スタンドから眺めると、国旗・県旗・大会旗の向こうに富士通の看板が見える。そういえば中山竹通の最初、所属していたのが富士通長野だったはずだ。中山もこの競技場で練習していたのかな、と思う。その昔TVで見た、そしてまたあの伝説の1987年氷雨の福岡国際マラソンを沿道で観戦した当時から中山の生き方・走り方が僕は大好きだった。けれどもまさか僕自身がこうして走ることになろうとは、当時、思いもしなかったこと。「18歳の夏休み」に記した自転車で駆け抜けた町を、今度は走るためにやってくるなんて。

長野運動公園陸上競技場
長野運動公園陸上競技場

昨年は仙台、4年前は福岡と、ともに大学時代の思い出のある場所だった。こうしてろうあ者体育大会に出かける都度、昔のことが思い出されてくる。思い出がよみがえってくる。この大会のもうひとつの面白さが、旅によりもたらされる感慨。

6月に肋骨を痛めてから久しぶりのトラック。3ヶ月以上のブランクがあったこの間、少し治った状態の7月に軽く一度だけレースを走る機会があったとはいえ、結局、今年、トラックを利用したのは4月と6月のレースを走っただけで、ついに春先から一度も競技場で練習することなく今回の大会に臨むことになってしまった。久しぶりに野球をやると、塁間がとても長く見えるのと同じように、トラックもとてつもなく大きく感じられてしまう。

先々週、先週と続けて走ったレースで「何とか走れるようになってきた」と安易に考えていた。小さな大会ゆえに順位だけは良かった。なまじっか入賞などしたものだから、気を良くしていた。楽観的になり過ぎていた。根拠も自信もなかったけれど、今回、勝つつもりでいた。その自分の認識の甘さを痛感させられた。弛緩した気持ちを覚まさせてくれた。そしてやはり、そんなに簡単に勝てる相手じゃない。「こうでなくては」とも思う。だからこそ、ライバル。

5000m
競技1日目:5000m

十代の若者の台頭

7年前に初めて出場してから今年が5度目の参加。一年に一度の喜び、数年ぶりに再会する顔の懐かしさ、そしてまた今回、新しい出会いがあった。初めて中・長距離に出場した2名の高校生は、5000mの持ちタイムも立派なもので、僕が2年前にようやく到達した16分台前半なのだという。前日にMさんから「社会人のプライドを見せてやろうぜ」と気合いを入れられたおかげで、僕もかろうじて今回は彼らに負けずに済んだ。

それぞれ17歳と16歳。僕らより20歳以上も年の離れた若さ。もう1人、19歳の選手も。競技2日目の1500mでは、彼ら3人が走る姿を僕らはスタンドから見下ろす。「皆、いいフォームしてるなぁ」「すらりと痩せていて足も長く、まさに長距離向き」。きっと彼らもこの先、お互いを目標に競い合い、お互いが励まし合ってゆくだろう。彼らのもつ若さは、半年、一年で飛躍的に伸びてゆく可能性を有している。1500mを終えた彼らも加わって、長距離談義に花が咲いた。今回出場していない他県の選手のことも。

彼らの走る向こうに待っている未来が見えてくる気がした。

2003/09/14、15 長野県長野市長野運動公園陸上競技場


 

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