第37回全国ろうあ者体育大会

2003/09/14、15 長野県長野市長野運動公園陸上競技場

一年ぶりの再会

第37回全国ろうあ者体育大会プログラム

開会式会場で1年ぶりに出会った彼が、ランニングウェア姿で汗をかいているのに驚く。この日は台風14号が通過した直後のフェーン現象の影響で異常な暑さとなっていた、その正午近くの時間というのに、会場近くを軽く走ってきたのだという。ウェア姿で見ると、彼が順調にトレーニングを積んできていることが一目でわかる。

この大会に出場する一番の目的が彼に会うこと、ライバル、真人さん。

ともに5千mと1万m部門に出場するランナー同士。初めて会った一昨年の和歌山では、圧倒的な力の差を見せ付けられた。何となくその前年、マラソンを走るようになっていた僕が、彼に出会ったことで真に競技に“目覚め”た。このときからはっきりと記録を、またタイムを強く意識するようになった。何とか彼に追い付きたいと必死になって臨んだ昨年の仙台で、練習の甲斐あって今度は僕が彼に勝つことができた。

そしてまた今年、再び彼に打ち負かされた。5千m、1万mともに完敗。まるでオセロゲームのように勝負を引っくり返し合っている。

久しぶりの競技場、トラック

周囲を山に囲まれた長野運動公園競技場。標高は随分違うはずだけれど、同じく盆地で周囲が緑の山口にも似た感じだ。スタンドから眺めると、国旗・県旗・大会旗の向こうに富士通の看板が見える。そういえば中山竹通の最初、所属していたのが富士通長野だったはずだ。中山もこの競技場で練習していたのかな、と思う。その昔TVで見た、そしてまたあの伝説の1987年氷雨の福岡国際マラソンを沿道で観戦した当時から中山の生き方・走り方が僕は大好きだった。けれどもまさか僕自身がこうして走ることになろうとは、当時、思いもしなかったこと。「18歳の夏休み」に記した自転車で駆け抜けた町を、今度は走るためにやってくるなんて。

長野運動公園陸上競技場
長野運動公園陸上競技場

昨年は仙台、4年前は福岡と、ともに大学時代の思い出のある場所だった。こうしてろうあ者体育大会に出かける都度、昔のことが思い出されてくる。思い出がよみがえってくる。この大会のもうひとつの面白さが、この、旅に出かけることでもたらされる感慨だ。

6月に肋骨を痛めてから久しぶりのトラック。3ヶ月以上のブランクがあったこの間、少し治った状態の7月に軽く一度だけレースを走る機会があったとはいえ、結局、今年、トラックを利用したのは4月と6月のレースを走っただけで、ついに春先から一度も競技場で練習することなく今回の大会に臨むことになってしまった。久しぶりに野球をやると、塁間がとても長く見えるのと同じように、トラックもとてつもなく大きく感じられてしまう。

特に、10000mは同じ場所を25周回するという、その単調さが気の狂うような種目である。トラックでの10000mには、練習やレースでロードを10km走るのとは全く違う感覚がある。何とか走りきれる5千mとは違い、こと1万mの場合、大会前に一度でも走って身体を慣らしておきたい。25周という拷問のような数字に免疫をつくっておきたい。昨年は5000m、10000mともに、このろうあ者体育大会前に2度走っておいた。トラックでの練習も重ねていた。その甲斐あって、それぞれ3度走る都度、自己ベストを更新することができた。今年は見事にその正反対。5000mを3度走ってその度にタイムが落ちた。恐らく今年もう、最初で最後だろう10000mも愕然とするタイムを残すことになってしまった。

嘘をつかないトラック

走っていてあまり後ろを振り返る方でない僕は、もちろん足音も息遣いもきこえないから、走っていて今、後ろの選手とどれくらい差があいているのかということに気付かない。そう簡単に引き離すことはできないだろうと思っていたとおり、5千mも1万mも彼がぴたりと後ろについてきていた。それが分かったのは、第1コーナーを回るとき、足元に伸びてくる影の顔の形だった。

「このままラストにもつれてスパートをかけられたら、粘れる余力は自分にはないな」と弱気になっていたとおり、両種目とも彼にラストで追い抜かれ、簡単に逃げ切られてしまった。彼のスパートが見事だった分、僕の勝負弱さが露呈されてしまった。観ている者には「ラストに強い山田と弱い金子」を強く印象付ける形となった。

先々週、先週と続けて走ったレースで「何とか走れるようになってきた」と安易に考えていた。小さな大会ゆえに順位だけは良かった。なまじっか入賞などしたものだから、気を良くしていた。楽観的になり過ぎていた。根拠も自信もなかったけれど、今回、勝つつもりでいた。その自分の認識の甘さを痛感させられた。弛緩した気持ちを覚まさせてくれた。本当の実力は、ロードでの順位ではなく、トラックでのタイムに表れる。

トラックは正直である。実力がそのまま出てくる。嘘をつかない。

やはり、そんなに簡単に勝てる相手じゃない。そして「こうでなくては」とも思う。だからこそ、ライバル。

5000m
競技1日目:5000m

余談になるが、僕はレースでも結構、律儀に1000mごとのラップタイムを取る方である。5千も1万も時計のボタンを押しておいた。ところが、2日目の競技を終えて、競技場を後にした瞬間、電池が切れてしまった。メモリーデータはきれいに消えてなくなった。早いうちにメモしていなかったのが裏目に出てしまったともいえるけれど、これも今回はラップがどうの、というレベルではないのだということを示してくれているようでもある。

十代の若者の台頭

7年前に初めて出場してから今年が5度目の参加。一年に一度仲間と会う喜び、数年ぶりに再会する顔の懐かしさ、そしてまた今回、新しい出会いがあった。

初めて中・長距離に出場した2名の高校生は、5000mの持ちタイムも立派なもので、僕が2年前にようやく到達した16分台前半なのだという。前日に真人さんから「社会人のプライドを見せてやろうぜ」と気合いを入れられたおかげで、僕もかろうじて今回は彼らに負けずに済んだ。

それぞれ17歳と16歳。僕らより20歳以上も年の離れた若さ。もう1人、19歳の選手も。競技2日目の1500mでは、彼ら3人が走る姿を僕らはスタンドから見下ろす。「皆、いいフォームしてるなぁ」「すらりと痩せていて足も長く、まさに長距離向き」。きっと彼らもこの先、お互いを目標に競い合い、お互いが励まし合ってゆくだろう。彼らのもつ若さは、半年、一年で飛躍的に伸びてゆく可能性を有している。1500mを終えた彼らも加わって、長距離談義に花が咲いた。今回出場していない他県の選手のこともきく。

彼らの走る向こうに待っている未来が、何となく見えてくる気がした。

36歳の僕は、今年、順位表彰が別になる「2部(壮年の部)」への出場資格を得た。高齢化の進展と、世のマラソンブームもあってか、特に長距離は年々、2部が盛り上がってきている。それはそれで素晴らしいこと。けれども、38歳の真人さんも、また今回、ケガで棄権せざるを得なかった、同じく福島の39歳の坂井さんもそうであるように、2部に甘んじることなく、皆、「1部」の舞台を選んでいる。

ここ数年、長距離に若いろう者が少なかっただけに、今回の彼らの出現で一気に様相が変わった感じだ。もしかすると、これが“世代交代”というやつか。でも、もちろん、そう簡単に負けたくはない。一年に一度ろう者の集まるスポーツの祭典、実力不足を痛感し、また、高校生らの活躍も見せられて、今年もまた収穫の多い大会となった。

過去のろうあ者体育大会出場



 

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