第57回大島一周駅伝

2003/12/21 久賀町役場発着
久賀~大島~橘~東和・大島4町一周全8区間 54.9km
(第6区 安下庄~森野 9.3km)

原点

久賀町役場前~スタート/ゴール地点
久賀町役場前~スタート/ゴール地点

大島一周駅伝は、僕の走ることの原点とも呼べるような大会である。 今でこそ僕は個人レースに多く出場しているが、就職してから走るようになった当初3年間は駅伝にしか出場していなかった。一人で走って終わるだけのロードレースに興味は全くなく、チームで走るからこそ面白いと思っていた。

清流、錦川の貫く錦町~岩国市を走る「岩日(がんにち)駅伝」とこの「大島一周駅伝」は、中国新聞社主催の県東部で歴史を重ねている駅伝。特に大島一周駅伝は参加して楽しい、チーム全体で盛り上がれるという意味で、他の駅伝大会にはない独特の魅力を有している。

「瀬戸内に浮かぶ島を包み込む青い空と海」の景色のよさが何より素晴らしい。好天に恵まれた日など、走っていてこれほど気持ちのよい、爽快なコースはないと思える。通行量の少ない島ゆえ、全8区間、延長54.9kmのコースを走り終えた選手も、車ですぐに次走者を追い駆け追い付くことができる。何度も声援を送ることができる。選手は走って終わり、ではなく、走り終わってから今度は応援者、観戦者に立場を変えて楽しめる。

久賀、大島、東和、橘の4つの町で構成されるこの周防大島は、高齢化日本一を誇る島である。本土から離れた島というのはたいていそうだが、一般的に「高齢化=過疎」の町としてのマイナスのイメージが強い。けれども、大島の場合、そうした世間の持つ外側からのイメージとは違って、この島で暮らす人々は実に生き生きとしている。マイナスとしての高齢化ではなく、温暖な気候、美しい海に囲まれた環境、海産物を中心にした健康的な食生活、地域生活に残るあたたかい絆・・・ゆえの、つまり、「長生きできる」「長寿を可能にする」環境なのだ。プラスの要素を体現している島である。

大会当日は民家から大勢のお年寄りが応援してくれる。おじいちゃん、おばあちゃん(ばかり)の声援を受けて走るというのも、本当に心が和み、あたたまってくるものである。走り終えた後には、温かいレモン湯(「レモネード」ではなく・・・)が地元婦人会の方々によって用意されているのも嬉しい。地元のもてなしと応援のあたたかさを身に沁みて感じることのできる大会である。

チーム「激走会」

最初の勤務地が岩国だった僕は、当時、県東部の岩国・柳井圏域に勤務していた県職員有志でチームをつくってこの大会に初めて出場した。この、チーム「激走会」は、以後、メンバーが県内各地に転勤になりながら、その後も出場を続けた。僕も9年間、一応、主力として(というより、毎年、メンバー集めに苦労しながら)続けて出た。

この10年、当初はほぼ全員が独身だったメンバーも結婚し、子どもが生まれ、仕事面でも家庭面でも皆が多忙になった。岩国や柳井を離れて長くなってしまったこともあり、2000年の出場を最後に激走会も自然解散した形となった。僕が10年目の出場を果たせなかったのは、西暦2000年(平成12年)、まさか出場できるとは考えていなかった同日開催の防府読売マラソンに出場したためである。10年連続を目指した僕自身の目標は残念ながら、かなえられなかったけれども、チームとしては何とか節目となる10年連続10度の出場を果たした。1991年から2000年までの10年間を"激走"し続けたわけである。

激走会は、バブルが崩壊してデフレの進行した、俗にいう「失われた10年」を、20世紀末の10年間を駆け抜けた。21世紀まで残り2週間と迫った第54大会での完走を最後に、星になって消えた・・・(ことにしたい)。


☆☆☆ 激走会 栄光の軌跡 ☆☆☆

4年ぶりの出場

こうして、この4年は大島一周駅伝からは遠ざかっていた。また、防府読売同様、別大マラソンにも出場するようになったから、これも同日開催となる2月第1日曜日開催の「サザンセト大島ロードレース」へも出場しなくなっていた。

今年、県庁陸上部で出場する機会を得られたのは、例年、開催期日が同日である防府読売マラソンと大島一周駅伝の開催が、今年は運良く重ならなかったおかげである。 ここ数年、訪れる機会のないことを残念に思っていただけに、今回、久しぶりに大島に行けることに心が躍った。県内の好きな場所としていくつか挙げるなら、僕には大島が欠かせない。春の桜や夏の海水浴も含めて、よく遊んだところだ。思い入れも深い。 当初は走らない予定だった防府読売を意外な好走で完走できたこともあり、余裕をもって迎えられた。筋肉痛はなお残るけれど、この大会は他のどの大会よりも「楽しめる」大会だから、緊張することもなく気持ちよく走ろうと思って臨んだ。

大島一周駅伝、瀬戸内海沿いを走る6区
6区、瀬戸内海をバックに

担当区間は6区。僕にとっては過去9回出場のうち5度走った、なじみの区間。8区間中の最長距離なのであるけれど、他の区間に比べてアップダウンが少なく、景色が最高にいい。前半、東和町から橘町へ向かって南の海側に出てしばらく走った後、ラストは南側から北側の海に再び抜けてゆくコース設定となっている。南北両側の海が一度に楽しめる、一区間で二度おいしい、僕にはお気に入りの区間である。

以前、走ることは駅伝で、それがすなわち激走会の一員としてだった僕にとって、こと、この大島一周駅伝に「県庁陸上部」の一員として出るのは少し複雑な心境がないでもなかった。でも、僕だけではなく、かつての激走会メンバー、激走戦士達は、今ではそれぞれが他のチームで活躍を続けている。皆がステージを替えて飛躍しているのだと思いたい。

心配したのは、繰り上げスタートになってしまいはせぬかということ。今年の県庁チームの不調、部員の練習不足は10月の県実業団駅伝で証明済み。一般2部にエントリーしたBチームはおろか、一般1部のAチームでさえ繰り上げになるのではと本気で思ったが、さすがにそれは杞憂に終わった。成績は予想通り、喜べるものではなかったが、いくら何でも繰り上げスタートが常だった激走会と同列に扱うのは失礼だった。

僕自身の走りは、予想を上回るタイムで一安心。アップ時から異様に身体が重く、例によって汗も出ず、走っていて全くキレのないことを感じていたのだけれど、終わってみれば過去5度走ったこの区間のタイムを大きく短縮できていた。走っている時の「感覚」と「タイム」とが一致しない不思議さを強く感じた。激走会を卒業(?)し、県庁陸上部に主軸を置くようになって4年目。成長できたのだろうか。防府読売を終えてリラックスして迎えられたこと、大好きな大島を久しぶりに訪れて走れる気分の良さが大きかった。

晴れ渡った青空のもと

走り終えて本来ならすぐに応援に回るところ、申し訳ないながら一時、チームと外れて、かつての上司と少し話をする時間も得ることができた。初めての職場でお世話になった、今も気にかけていただけている上司。ここ数年、岩国や大島といった県東部を訪れることがなかっただけに、こうした機会でもなければ会えないでいた。わずかな時間ではあったけれど、久しぶりに懐かしいお話をすることができた。

本当に、今回、晴れ渡った青空と、透き通った海に囲まれた周防大島のよさは格別だった。久しぶりだったせいか、この日は、これまで何十回訪れた中でも最高にきれいだったと思えるほどに澄んだ空気が心地よかった。風のない海が一面、湖のように静かに横たわっていた。応援しているときでさえ、選手よりも海の美しさに見とれていた。

陸上部のメンバーがこれほど集まったことも僕には初めての経験。普段は練習やレースでもそう集まらないだけに、2チームプラス付き添い、補助の方々とで総勢30名近くもの人がいるというのは、それだけで充分賑やかな、明るい雰囲気だった。おかげで存分に楽しめた一日となった。


  • 山口県庁A
    3時間21分03秒(一般1部 11位/12チーム)
    (古林、今津、山家、十河、三奈木、金子、大久保、松井)
  • 山口県庁B
    3時間41分00秒(一般2部 34位/40チーム)
    (平川、渡辺、黒瀬、今井、桑原、斎藤、滝口、横沼)

大会関係記事(12月22日付け中国新聞)



 

  Related Entries


Message

メールアドレスが公開されることはありません。