第54回市駅伝競争大会

私の駅伝人生にゴール区間はない

昨年に続いての、また、4年前に続けての3度目の第3区。市駅伝が今の山口市南部を走るように1996年にコース変更されてから今年で8年目。さらに今のコースに定着して7年目。

この間、順に2、2、5、3、1、4、3、3区と走ったこととなる。4区を走った2年前には、このまま行けば全区間走破もできるかと考えもしたけれど、このところ3区で足踏み(?)状態。

僕が走るようになったのは、チームで盛り上がる駅伝こそに魅力を感じたからで、最初3年は駅伝しか出場したことがなかった程だ。けれども、ふと今回、思い出してみるに、走り始めるようになって13年目、幾多の駅伝に出場してきたつもりだけれども、駅伝でアンカーを務めたということがない。数えてみたら駅伝出場は38回目になっている。結構出たんだなあ、と思うと同時に、たまにはゴールテープを切ってみたい気持ちがしないでもない。あるいはこのまま、どこまでアンカー経験ゼロを続けてゆけるか、をひそかな愉しみにするのも悪くないかもしれない。

体調を整えて、ではなく

そんなことを考えられるようになったのも、ヒマだから、というより余裕が出てきたというべきだろう。今回の大会には随分リラックスした気持ちで臨んだ。

翌週に中国山口駅伝、翌々週に別大マラソンという、一年で最大のピークを続けて控えている身にとって、この市駅伝は調整の一段階くらいに思うこととした。これまでは、特に駅伝ともなると、他のメンバーに迷惑をかけられない思いもあって、いつも全力を注いでいたけれど、毎週毎週、体調を合わせようとベストを尽くしていたら本当に大切なレースを反故にしてしまう。チームもそのことは分かってくれているはずだから、今回はあえて前日までにかなり追い込んだ疲労のピークの中で走ってみることにした。昨年末の防府読売に合わせられなかった無念さや、加齢が及ぼす影響を避けられなくなったことを自覚した13年目にして、ようやくそんな境地に達することができるようになった。

貧血明け、3ヶ月ぶりのレース

11、12月に走れなかった分、今日が10月末の県実業団駅伝以来、約3ヶ月ぶりの僕にとってようやくのシーズン入りとなった。やはりレースの日の朝の緊張感、そしてタスキを受け渡す時の高揚感はいいものだ。

昨年と同じコースを、自衛隊山口(のこれも昨年に同じ走者)が1位、西京高校が2位、そして県庁が3位と昨年と同じ順位で、まるでビデオテープのように同じシーンを繰り返す。1位、2位の背中を見ながら、自衛隊のユニフォームが青、西京が赤、そして県庁が黄・・・と、これって信号の3色だよな、などと思う。3者が横に並べばそれなりに見応えはあろうけれど、残念ながら、というか当然というか、黄の僕は青と赤にどんどん引き離されていく。

結果、今年は周防大橋を渡るときの風もなく、昨年より良いタイムで少し安心。まだまだ決していいタイムとは言えないけれど、貧血が着実に改善されてきていることが証明できたし、疲労感を高めさせた中での感じとしては充分に納得できる。

レース感覚も取り戻せたかな、というところで、いよいよこれから「調整」。明日から思い切って休養し、翌週の中国山口と翌々週の別大に向けて──ここがきついのだけれど──そのいずれをも満足できる走りにしたいと思う。果たしてこの調整方法がうまくゆくものかどうか。今年の目標にも掲げたコンディショニング、初めての試み。

2003/01/19 山口南総合センター発着(7区間 31.8km)
(第3区 佐山公民館~イズミ物流センター 4.7km)


 

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