第11回浜村杯秋穂ロードレース

2002/11/17 秋穂中学校発着

欠場記

貧血が判明し、足があがらない状態なので欠場を決める。

以下、「完走記」ならぬ「欠場記」。 7

先月27日に走った県実業団駅伝の成績がおもわしくなく、「もしや貧血では・・・」との疑念が頭をかすめる。

31日、日赤病院内科を受診。ヘモグロビンが12.8。適正値は13~16なので、これだけなら、通常のランナーに多い、いわゆる「みせかけの貧血」なのだが、血清鉄及び鉄飽和率はかなり低い。そうでないことを祈るように期待していたのだが、やはり、間違いない貧血状態。フェリチン(貯蔵鉄)の値がわかる来週にまた受診することになった。一気に気分が落ち込んだ日。

5日、フェリチンの数値をききにいく。同じくひどい貧血で1年以上を棒に振った5年前の「9」よりひどい「5ng/ml」(正常値は25~230)。呆然としてしまう。

「女子ランナーはフェリチンの値が20ng/mlを切るあたりから調子を落とし、12ng/ml以下になるとまともには走れない」(大阪体育大学豊岡示朗教授)そうである。これでよく駅伝に出たものだ。5年前と同じ鉄剤「スローフィー」を処方される。気分がふさぐが、治ることを信じるしかない。

以後、練習はジョグに抑える。ところが、ジョグだけのつもりが、それでも段々ときつくなってくる。足が鉛のように重たい。「昨日よりまたひどくなった」「先週より悪い・・・」と、毎日が落ち込む日々。

防府読売に間に合うだろうか・・・。もしかすると、もっと長引いてしまうのかも・・・。つらい日々が続く。


過去、出場エントリーしていたが欠場したレース(こんなのを作ってどうする・・・)

Date Race Reason
1995年9月 夕やけマラソン 同行のMさんがのんびり運転したため、10kmスタートに間に合わず。ペアの部(4.2195km)のみ走る。
1995年11月 岩日駅伝 安全運転のMさんが当日朝の受付に間に合わず。各区間に既に配置していたメンバーは茫然。
1997年3月 つわのSLマラソン 思わぬアクシデントで日赤病院に入院(絶食させられたため、貧血を加速させた)
1998年3月 つわのSLマラソン 朝起きて雨だったので寝床で迷った末、パソコン要約筆記講座へ
2000年10月 福岡さわやかマラソン 一緒に出る予定だった相手が欠場を決めたため
2001年2月 サザンセト大島ロードレース 50回記念別大マラソンにもぐりこめたため
2002年11月 浜村杯秋穂ロードレース 貧血で惨敗が自明のため。無念


 

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