第51回別府大分毎日マラソン

2002/02/03 大分市営陸上競技場発着

決意

50回記念大会で出場資格及び途中関門の緩和された昨年とは違い、今年はまた通常通りの制限時間に戻った。今回こそが、正当な初出場と呼べるもので、果たして関門をくぐり抜けて完走できるかどうか、それが最大で唯一の目標であった。

昨年末の防府読売、先週の中国山口駅伝といい、このところ好タイムが続いている。これも一所懸命に食事面その他で配慮してくれる、練習にも理解を示してくれる妻のおかげだ。それだけに、自分ひとりの走りではなく、妻のためにまず走り切りたい。何としてでも完走したいと思って臨んだ。

ライバル

2日(土)、開会式会場ですぐに真人さんと会う。昨年9月、和歌山県橋本市で初めて会った時よりも一段と精悍な顔つきになられている。豊富な練習量に裏付けられた、心身ともに充実している感じがうかがえた。

彼と知り合うことができ、目標になり、競い合え、そしてこうして別大に一緒に出場できたことがこの上なく嬉しい。和歌山で彼に会い、「次のデフリンピックには一緒に出よう」と言ってもらえたことがどれほど嬉しく僕を勇気付けてくれたことか。11月、大田原マラソンで2時間40分を切った彼から「別大に出るから、そこで会おう」とメールがあった。それで僕も必死になって防府で出場資格を獲得できた。約束を果たすことができた喜びが何よりだ。

開会式会場での写真
開会式会場で

自分にとっては、山口という県の中では皆無の、全国を探しても彼がほとんど初めての、真に高いレベルでマラソンに取り組んでいるろう者のランナーだ。妻からも、「県外にまで、そういう仲間がいていいね」と羨ましがられるように、学年も一つ違いの、タイムも拮抗している、お互いよきライバルとして競い合える仲であるのが嬉しい。

聴者の世界で暮らすとき、自分は、他のランナーと言葉を交わすことはほとんどない。肉体的、物理的に難しい。他のランナーが着替えている時、ジョグしながら何気なく交わす雑談もできずに、自分はひとり黙々と着替え、ただ黙々と走っている。しかし、そうした中にあっても、走っているときも彼のことを心の中で思い出すことができる。尊敬できる人物を心の中に持てることは自分の誇りでもある。

「群れない男は心の中に強い、他の誰にも侵されないものを持っている」

真人さんももちろんそうであろうし、自分もそうありたいと強く思う。

別府泊~決戦前夜

開会式は、妻の緊張した、ぎこちない手話ではあるが、通訳できて真人さんにも喜んでもらえた。よかった。それはいいが、配布されたプログラムに目を通すと、過去の完走率が6~7割であることを知る。先週の駅伝で悪化さえた腱の痛みも抜けていないというのに、また恐れおののいてしまう。

昨年は大分駅すぐのホテルに泊まったが、今年は別府の共済の宿に泊まる。和室で広々としているところ、檜風呂の快適なところは素晴らしい。大阪府庁の方も泊まられていたようだ。

防府読売を余裕で迎えた自分も、今回はとにかく関門を突破できるかどうか、不安で仕方なかった。自分には珍しく、なかなか寝付けず、夜中に何度も目覚めてしまった。

別大特有の風の中を

下記<余談>のハプニングにあわてながら、競技場に到着する。正午スタートまではまだ間があったが、足の痛みもあったから、アップは一切せずに備えた。今年はシューズの選択にも迷った。いつものライトスカッドでいきたいが、去年のように雨なら足裏からすぐに水が染み込んでくる。迷った挙句、先週の中国山口駅伝で好走できたウェーブスペーサーとの2足を持参した。結局、雨の心配はなさそうなので、ライトスカッドで行くこととするが、しかし、今年はその分、風が心配だ。

スタートまでものすごい寒さに凍えていた昨年と違い、今年の天気は穏やかなのだが、でも雨や寒さよりも風の方が走りに及ぼす影響は大きい。競技内にいる限りさほど風はないが、予報では今日、かなり強い風なのだという。

手のひらに書いた各地点の関門時間をみつめる。どんなペースで行けばよいのかわからない初めてのレースだけれど、覚悟を決めてスタート。前半を抑えて走ろうとしたこれ迄のレースと異なり、最初から行けるところまで行かねばならない。

事実、別大というレベルがそうさせた。最初の5kmを17:08というハイスピードで入り、10kmさえ34:27という、自己ベストをも上回るタイムで通過した。しかし、足の痛みと疲労はやはり正直で、10km過ぎで集団から落ちてしまう。この時点で既に、いつものフォームを失ってしまう。バタバタと音を立てるような、重たい走りとなる。足の回転も遅くなった。それでも、20km手前で再び小集団に追いつき、盛り返すことができた。

特に、別大は別府までの前半が強烈な向かい風というせいもあり、一人で走るのは精神的にも肉体的にもつらい。その点、数人でも集団で走れば、苦しさを皆が分かち合えるような気持ちになれる。連られて自分もペースを取り戻すことができた。実生活でもそうだが、あまり、集団についていこうとは思わない自分であるけれど、今回ばかりは集団につくことのメリットを実感させられた。


主人の到来を待ちわびるスペシャル・ドリンク(36km地点)
主人の到来を待ちわびるスペシャル・ドリンク(36km地点)

結局は後半、30km過ぎから撃沈してしまう。完全に足が棒になってしまった。前半、60位代まであった順位も、天地賞のごとくにそのまま引っくり返されてしまう。ちょうど10回目のフルマラソン、一昨年の玉造で味わった死ぬような思いを再度味わわされた。「なりふり構わず」の言葉どおり、「40kmの関門で引っかかたらどんなに惨めなことか」と自分に鞭打ち、「ここまで来たからには何が何でも完走だけは」と奮い立たせた。

ボロボロで完走

数十人が波のように追い抜いてゆく中を半分泣きながらのゴールとなった。ボロボロだったが、無事ゴールできたこと、40分台を切れたことが信じられなかった。1月以降の練習でよいタイムが出せていたから、「あるいは...」と期待もしたけれど、やはり肉体に蓄積した疲労の方が正直だった。タイムよりも完走できたことが、たまらなく嬉しい。

ゴールでは真人さんが待っていてくれた。彼は2:32:21の素晴らしいベストタイム。日本ろう者記録保持者まであとわずか。またタイムを広げられてしまったけれど、悔しいというより、感服するより他ない。

今回は、蓄積していた疲労と、関門を恐れるあまりに飛ばし過ぎた前半のオーバーペースとが敗因であることは、はっきりしている。それでも、向かい風の前半を中間点まで、1:14:55という、昨年3月の全日本実業団ハーフを2分弱上回る、これもベストのタイムで通過し、30kmまでは何とかこのペースで行けたのが大きな自信になった。

ゴールの大分市陸上競技場から大分駅まで、ストレッチも兼ねて歩いた昨年とうって変わり、今年は、橋まででさえ苦痛に顔をよじりながら河川敷を足を引きずった。これまでにない筋肉痛のレベルを超えた筋繊維の断裂症状は、結局、2月中ずっと、みみず腫れのように膨れ上がって残った。この足のむくみの回復にはかなりの時間を要してしまった。

感心させられたこと

15km過ぎに追いついた5人前後の小集団は、折り返しまでの前半、ずっと縦一列を崩さずにいた。つまり、先頭の選手を風よけに利用しての走りである。先頭の選手が横に振れれば、後ろもつられて揺れる。ゆらゆらと縦一列の集団が蛇行する様は金魚のフンそのもので、かたくなに一列のラインは維持され続けた。体力を温存する意味では、至極まっとうな走りである。こういうとき、2人でも数人でも集団の中で先頭に立つものは入れ替わるのが普通だ。交互に先頭に立つことでお互いを引っ張り合い、痛みを分かち合う。

しかし、この集団は、ずっと同じ配列のままだった。後ろの人間からは誰も先頭に出ようとしなかった。というより、先頭の選手は、後ろに誰がつこうがつくまいが、そんなことはおかまいなしという走りだった。一人で風を受け止めていた。力強く、風に抗して走っていた。折り返してもずっとそうだった。見事だった。

20km過ぎで追いついた僕が試しに、追い越してみても同じだった。彼は僕が並んでも前に出ても、後ろにつこうというそぶりを見せなかった。

ずっと体よく風を避け続けようとする後ろの選手らにプライドはないのか、と思えた。この集団の順位はどうなったのだろうと思う。体力を温存できた後続が、後半の向かい風で一気に抜け出たかもしれない。けれども、僕は、あの先頭の選手の潔さ、男気のある走りに心を打たれた。強く印象に残った。この選手の走りには、順位とかタイムとかいう結果よりも、「風が強ければ強いで、どれだけ自分がその中を耐えられるか」という強い意志が感じられた。小さくずる賢く結果を得ようとしない、すがすがしさがあった。誰もが等しく風に苦しむ中で、この選手には「自分の走り」をするだけだという気概があった。「男」だと思った。

余談 その1 --- 財布を忘れた・・・

スペシャル・ドリンクの受付を済ませてもまだスタートまで時間があったので、いったん、タクシーで戻り、県庁前のファミレスでしばらくを過ごした。

そろそろ行くか、と「そのままここあたりで応援することができるから」と妻を残して出る。タクシーで行くつもりが、折よく競技場行きのバスが通りかかって飛び乗った。「ラッキー!」と2Fから見下ろしている妻にもVサインを送り返す。

・・・が、喜んだのもつかの間、財布その他貴重品一式を妻に預けたことに気付く。「いやしかし、リュックの中にいつもジュース用の小銭を入れているはずだ」とリュックの中をさぐる。小銭を入れているフィルムケースを探り当てるが、不運なことに、こういう時に限ってケースはあっても「空!」だ。今更引き返すことも、ここで降りることもできず、冷や汗が流れ出る。結局、競技場で降りる時、説明していたら、同乗していた大会関係者が善意で肩代わりしていただけた。

こんなときも、きこえぬ自分は悲劇だ。何と言っていいのか分からない上に、先方の言葉も分からないのだ。(「返さなくていいからがんばりなさい」というようなことをおっしゃられたのだと思う。)感謝しています。

余談・その2 ランテス

ランテスを初経験。妻のケータイと自分のPCアドレスに配信してもらうよう設定しておいた。20kmまではほぼリアルタイムで配信されたようだが、その後の受信が遅れたらしい。(配信側、受信側のどちらに原因があるのかは不明)

妻は、僕が関門に引っかかってしまったから記録が送られなくなったのだと思ってしまったらしい。

でも、いい機能だ。応援者にも良く分かる。順位までわかり、どれだけ落ちたのかが一目瞭然だ。


 5k:   17:08      通過 63位
10k:   34:27(17:19) 通過 63位
15k:   52:31(18:04) 通過 80位
20k: 1:10:58(18:27) 通過 84位
25k: 1:29:14(18:06) 通過 76位
30k: 1:47:22(18:08) 通過 68位
35k: 2:07:00(19:38) 通過 64位
40k: 2:29:03(22:03) 通過 98位
FIN: 2:39:47(10:44) 通過 122位

  • 出走者275名 完走者144名
  • 天候:晴れ  北北西の風3.8m  気温11.8度

 

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